邪魔2
どうにか、無様な姿を見せずにボートから無事に下りることはできたわ。
護衛騎士よりも誰よりも先に、シアラが桟橋で手を差し伸べてくれてしっかり支えてくれたから。
だけどまだボートに乗っているみたいに足元がぐらぐらするのね。うぷ。
「ファラーラ嬢、大丈夫かい?」
「……ええ。お気遣いいただきありがとうございます、殿下」
いえ、本当に。
殿下が私の変化に気付いてくれるなんて意外。
だって今までは――。
「ええ~? ファラーラ様、もしかしてまたお加減が悪いのですか? それならご無理をされないほうがよくないですか?」
「……そうですね。明日からはまた授業がありますし、私は先に帰らせていただきます。どうぞ皆様はこのままお過ごしください」
ああ、腹立つわ。
サラ・トルヴィーニの言いたいことはわかるわよ。
確かに以前の私はお茶会や何かの集まりで注目を――特に殿下の注目を浴びたくて、よく仮病を使っていたから。
あのときはみんなが心配してくれて気持ちよかったのよね。
だけど今ならわかるわ。
みんな心配を口にしながら、うんざりって顔をしていたもの。
あ、また涙が……。
「ファラーラ様、すぐにお帰りになりますか? それとも少しお休みになってからになさいますか?」
「そうね……。少しそちらの木陰で座っているわ。その間に馬車を呼んできてちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様」
シアラだけでなくジェネジオもすぐに動いてくれて、私は指定した木陰のベンチに腰を下ろした。
珍しくジェネジオは私のことを信じてくれているらしくて、あれこれと指示を出して心地よくしてくれる。
他のお付きの者たちが用意してくれたお茶を飲んでほっと一息。
「大丈夫よ、シアラ。心配しなくても気分もかなりよくなったわ」
「ですが――」
「ファラーラ様、こちらをどうぞ! お母様はいつもこれで気分がよくなりますのよ?」
シアラは膝をついて軽く扇であおいでくれながら心配そうに見上げてくる。
そんなシアラを押しのけて、サラ・トルヴィーニが何かを持って現れた。
サラ・トルヴィーニ会心の一撃。
ファラーラ・ファッジンはめまいを覚えた。
って、何これ。
気分がさらに悪くなってきたわ。
「せ、先輩、それはちょっと……」
「まあ、トルヴィーニ様! それは気付け薬じゃありませんか! ファラーラ様にはご負担がすぎます!」
おお、神よ。
気付け薬って、すごい刺激臭でしたけど。
私、今日はかなりいい子にしていましたよね?
それがこの仕打ちですか。そうですか。
サラ・トルヴィーニ、この恨みあの世まで持っていくわよ。
地獄の一丁目だろうが三丁目だろうがアメ横だろうが、どこへ行っても忘れないんだから。
「何なの、あなた!? 使用人の分際で――」
「サラ、君は離れるんだ」
あと、そこうるさいわ。
だけど、もしかして殿下が私を庇ってくれている?
この私を? あの殿下が?
「お嬢様、馬車が参りましたがどうされますか?」
「……帰るわ」
そしてゆっくり横になりたい。
ぐらぐらは収まったけれど、頭がくらくらするもの。
あの気付け薬のせいでね。
シアラに支えられて馬車に乗り込み目を閉じてほうっと息を吐く。
隣に誰かが座った気配に目を開けると、殿下がいらっしゃった。
「……殿下?」
「気分が悪いんだろう? 目を閉じていたほうがいいよ。たぶん船酔いじゃないかな。ごめん」
「なぜ殿下が謝罪なさるのですか? それに、私は大丈夫ですので、皆様とご一緒にお過ごしください」
「僕の漕ぎ方が乱暴だったのかもしれない。ほら、途中でリベリオたちがやってきてからちょっと雑になってしまったから……。それと、気分の悪い婚約者を放ってなんておけないよ。そもそも僕はファラーラ嬢と一緒に来たんだから、一緒に帰るのは当たり前だろう?」
あら、何だか涙が込み上げてきそうだわ。
気分が悪いって言った私を殿下が優先してくださるなんて、初めてのことじゃないかしら。
どうしましょう。
当然のことなのに、すごく嬉しいわ。




