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お忍び3

 

「それでは私がボートを漕ぎましょうか」



 ジェネジオの提案に殿下は首を横に振った。

 あら、では騎士に漕いでもらうのかしら。



「いや、僕が漕ぐから大丈夫だよ」

「殿下はボートにお乗りになったことがあるのですか?」

「それくらいあるさ。王宮の庭にも人工池があって、そこにボートがあるんだから」

「なるほど。それでは大丈夫ですね」



 え? 待って、待って。

 二人の会話――というか、殿下の言葉は初耳なんですけど。

 殿下はボートに乗ったことがあるの?

 王宮の人工池で?


 確かに王宮には人工池があったけれど、ボートなんて見たことないわよ。

 ええ、知らなかったわ。

 あそこにボートがあるなんて。殿下がボートに乗ったことがあるなんて。


 わくわくした気分からどよーんとした気分になってしまった私はジェネジオたちの会話をそれ以上聞いていなかった。

 だから殿下と二人きりで乗ることになっていてびっくり。

 ジェネジオはシアラと二人で乗ることになったからか、上機嫌だわ。



「で、殿下……」

「うん? どうかした?」

「その、子供だけでボートに乗っても大丈夫なのでしょうか……?」



 自慢だけれど私は泳げるわ。たぶん。

 いえ、泳いだことはないけれど、蝶子はその名の通りバタフライまでマスターしたんだから見ていた私もできる気がする。

 でもこのドレス、簡易的なものとはいえ、意外と重いんですよ。

 あら、でも確か水に落ちたときはむやみに暴れずじっとしていれば自然と浮くのだったかしら。



「大丈夫だよ。僕はもう子供じゃないし、今までもサラと二人だけで乗ったことはあるから」

「まあ、それなら安心ですね」



 では、ボートの上から殿下を突き落としてさしあげましょう。

 ここでサラ・トルヴィーニの名前を出すことが子供なんですよ。

 ふふふ。


 要するに、あの人工池でサラ・トルヴィーニとはボートに乗って遊んだ、と。

 だけど私がお邪魔したときには、たぶん隠してしまったんでしょうね。

 ええ、絶対に私なら乗りたいと我が儘を言ったでしょうし、面倒だったでしょうから。

 あ、涙が……。


 もう、何だか嫌になってきたわ。

 楽しい気分からどんより気分、今は怒りが大きいかも。

 お父様には迷惑をかけることは承知で、やっぱりこの婚約を撤回してもらう?


 そんなことを考えながら、殿下と誰かの手を借りてボートに乗り込む。

 って、すごく揺れるんですけど!



「ファラーラ嬢、落ち着いて。ゆっくりそこを越えてから腰を下ろせば安定するから」

「わ、わかりましたわ……」



 落ち着け、私。やればできる子、私。

 こういうときはパニックになってはダメなのよ。

 だから大きく深呼吸。

 スーハースーハーヒッヒッフー!



「うん、そうそう。ほら、安定した。さすがだね」

「え、ええ……」



 殿下はほっとして笑顔になったけれど、このドキドキはボートの揺れのせいよ。

 だってこんなに揺れるとは思わなかったんだもの。

 下りるときはどうすればいいのか、今から考えただけでもちょっとうんざり。


 殿下は慣れた手つきでボートを漕ぎ始めていて、本当に何度も乗ったことがあるのだとわかる。

 だけどいつまでもそんなことを考えていても不毛だしって、周囲を見渡したらジェネジオの満足げな表情に苛立ってしまった。

 でもシアラは私をずっと見ていてすぐに目が合う。


 ふふん。シアラはジェネジオなんて見ていないのよ。

 シアラに手を振れば、遠慮がちに振り返してくれて何だか楽しい。


 それによく見ればおじさん二人だけとか、三人だけで乗っているボートが何艘もあるわ。

 ええ、わかっているの。あれは護衛の騎士たちだって。

 だけどシュールすぎて笑ってしまうのは仕方ないわよね。



「よかった」

「はい?」

「急に元気がなくなったから、どうしたのかと思ったよ。そんなに僕が漕ぎ手では不安なのかなって。だけどようやく笑顔に戻ったね」

「い、いいえ。その、ボートは初めて乗ったので、こんなに揺れるとは思っていなくて……」



 まさか心の変化を殿下に見抜かれていたとは思っていなかったわ。

 ちゃんと微笑んでいたつもりなのに。

 気を抜くとぼうっとしてしまう悪い癖が出たのね。



「じゃあさ、今度は王宮に遊びにおいでよ。人工池でまたボートに乗ろう。あそこなら深くないし、漕ぐ練習もできるよ?」

「……そうですね」



 別の女性と遊んだ場所に、他の女性を誘う、と。

 ええ、そうでしたね。

 殿下にとってサラ・トルヴィーニは妹のようなもので、私は無理やり婚約させられただけの相手。


 でも私、鈍感な男性は嫌いですから。

 そんな無邪気な笑顔を向けたってダメですからね。

 顔で誤魔化されたりなんてしないんだから。


 殿下の眩しい笑顔を睨みつけようとして、別のボートが近づいてくる水音に気がついた。

 何かあって護衛たちが近づいてきたのかと警戒してみれば、まさかの人物。



「エヴェラルド様~! こんなところでお会いするなんて、偶然ですわね~!」



 もちろん、偶然じゃないにジェネジオの顧客情報全てを賭けてもいいわ。

 スパイがいることはわかっていたから、家の者たちには行き先を内緒にしていたのに。

 尾行させたわね、サラ・トルヴィーニ。

 やっぱり撤回も解消もしない。

 あなたを排除するまでは、この婚約は続行させるんだから!




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― 新着の感想 ―
[一言] 今まで私が読んできたものではあまりない新しい切り口の話で、とても新鮮でした。読めば読むほど面白く、ファラちゃんも好きになってきました。なんだか今日一気読みしそうです。
[一言] 殿下も結構クソで、コイツも特に幸せにならなくて良いんじゃね?と思わないでもない。主人公さんはサラさんと殿下がくっつくのが嫌なのでしょうから、特に殿下と主人公さんがくっつく必要はない。
[気になる点] サラウザいね [一言] ジェネジオの顧客情報全部賭けてもいいって…、自分の懐はなにも痛まないんじゃ…! さりげなく酷い(゜∀゜)
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