派閥2
「ポレッティ先輩、そのドレスとても素敵ですね。テノン商会のものですか?」
「ええ、そうなの。新しい――」
「異国の珍しい生地ですものね! すぐにわかりましたわ。私もずいぶん前にお気に入りのデザインで仕立てましたから。早く袖を通したいのですが、生地が今の季節には向かないでしょう? 色も水色ですし、もう少し暑くなってからのほうが映えるので我慢しているんです」
「そ、そう? では、もう少し遅れてから新しいドレスをお召しになったファッジン様をお目にかかれるのね?」
あら、なかなかやるわね。
その生地は今の季節には合いませんよと馬鹿にしたのに、自分よりも遅れてドレスを着用することになる私を見下してきたわ。
だけど、これくらいは想定内よ。
「ポレッティ先輩、どうか私のことはファラーラとお呼びください。皆様方もかまいませんのよ? だって、家格はともかく年齢は私よりも二歳も年上なんですもの」
「まあ、お気遣いくださり、ありがとうございます。それでは、ファラーラ様と呼ばせていただくわね。ファラーラ様はまだたったの十二歳ですものね?」
さすが当たり屋。
押し負けないところが素敵だわ。
やっぱり取り込んでしまいましょう。
このやり取りを注意深く見守っているベネガス先輩も一緒にね。
以前の私なら、ファッジン公爵家だけでなく殿下の婚約者って立場を大いに利用して、この学園に君臨していたけれど今は違うわ。
地道にロビー活動をしましょう。
そのために、殿下を利用させていただくわ。
「皆様方のドレスもとても素敵ですけれど、制服はお召しにならないのですか?」
「制服? 馬鹿馬鹿しい。そもそもなぜあなたのような方が制服なんて着ていらっしゃるの?」
「あら、これは殿下のお考えですから。それに、リベリオ様も賛同なさっているのです」
「殿下の?」
はい、食いついた。
どうせ彼女に合わせているのでしょう? って感じで、先輩方みんなエルダを馬鹿にするように見ていたのに、ぱっと顔を向けて私を見たわ。
ちょっと引くくらい。
どうやらリベリオ様のお名前に反応されている方もいるわね。
「ええ、お二人や生徒会の方たちも制服をお召しになっていらっしゃるでしょう?」
「確かに……」
「でも男性だから……」
すごいわ。
殿下とリベリオ様のお名前を出しただけで、先ほどまでの威圧感がなくなっていく。
こうしてみると、本当に以前の私は殿下の婚約者というだけで威張っていられたのね。
私もリベリオ様と同じ、井の中の蛙だったわ。ケロケロ。
「殿下もリベリオ様も皆が制服を着ることで、少しでも生徒間の心の障壁が取り除けるのではないかとおっしゃっておりました。初めてお顔を合わせた方たちはどうしてもお互いに遠慮してしまうでしょう? ですが、同じ制服を着ることで一種の連帯感のようなものが生まれるのではないかと。女生徒たちの憧れである先輩方が制服をお召しになればきっと皆も真似をするでしょうね。そうすれば殿下やリベリオ様も喜ばれるはずですわ」
とっても適当に言ったけれど、内容は間違ってないわよね。
これを機会にポレッティ先輩たちが制服を着てくれれば、外から見ればファラーラ・ファッジン派に与したと思ってくれるはず。
先輩方も殿下とリベリオ様のお考えだと知って、心揺らいでいるわ。
「殿下が……」
「それでリベリオ様や生徒会の方たちも制服でいらしたのね……」
ポレッティ先輩だけでなくベネガス先輩も考えているようだわ。
さあ、ここでそろそろ退場しないと。……おしゃべりばかりで食事は半分もできていないけれどね。
エルダたちは完食しているから良しとしましょう。
「それでは次は移動教室なので、私たちはこれで失礼いたします。とても素敵なお時間をありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ有益な情報をありがとう。殿下や生徒会の方たちのお心を知ることができてよかったわ」
トレイを持って立ち上がってしっかり挨拶。
するとポレッティ先輩たちは微笑んで頷いてくれた。
これはかなり好感触。
そうよね。生徒会はリベリオ様だけでなく皆さん有力貴族のご子息だものね。
ちなみに女人禁制。
学園の運営に関わり統制することで、国政の真似事をしているのよね。
「ファラーラ様、さすがですわ!」
「え? ああ。ミーラ様、レジーナ様、そしてエルダ。いきなり気まずい思いをさせてしまってごめんなさいね。でもいい機会だと思って」
「いいえ、謝罪の必要はございません! 私、ファラーラ様とお揃いがよくて制服を着ていましたけれど、殿下やリベリオ様のお考えを知って、誇りに思いましたもの! そんな機会をくださって、ありがとうございます!」
「ファラ、私からもお礼を言わせて。私たち制服組は肩身の狭い思いをしていたって寮の先輩たちから聞いたわ。それがファラのおかげですごく楽になったって言ってたけれど、もしあの先輩方まで制服をお召しになってくれたらと思うと……。ううん、殿下たちのお考えを知ることができただけでもすごく嬉しい。本当にありがとう!」
「ま、まあね。みんな仲良くできたらいいわよね」
実はあまり深く考えていなくて、ポレッティ先輩たちと親しくなるために急に思いついた話題だったけれどね。
エルダたちが興奮して喜んでいるから、私まで嬉しくなってくるわ。
さすが私。ファラーラ・ファッジンいい人作戦は順調ね。
おほほほほ!
……お腹は満たされていないけど。




