覚醒1
「……っ! 今の、夢……?」
生々しい嫌な夢を見て目が覚めた私は、あたりを見回した。
ここは私の部屋で、私は……ファラーラ・ファッジン。
そうよ、私はファラーラよ。
はっきり自分が誰かを自覚して、私はベッドから下りて鏡の前に向かった。
何だかベッドが高い気がするけど……よく知ったはずの部屋もどこか違う気がする。
あれ? 確かにここは私の部屋だけど、やっぱり変だわ。
だって……。
「は……?」
衣裳部屋に繋がる扉一面に張られた鏡を見て、変な声が出た。
だって、だって……。
「子どもじゃない!」
何これ、何これ、何なの!?
私、子どもになってる!?
「えええええ!?」
「――ファラーラ様、いかがなされました!?」
「……シアラ?」
「はい、シアラでございます。いかがなされたのでしょうか? 掛布が重かったのでしょうか? それとも敷布にしわがございましたか? 枕が――」
「違うの。そうじゃないの……」
「では、いったい何がお気に召さなかったのでしょうか?」
「……大丈夫よ。たぶん」
シアラはそんなくだらないことで私が騒いでいると思っているの?
だけど、そうかも。
この頃の私はシーツのしわ一つで騒ぎ立てて、気に入らない夜衣を用意されたからって当たり散らしていたんだわ。
なんて生意気で傲慢で馬鹿な子どもかしら。
そもそも私って今、何歳?
「ねえ、シアラ」
「はい、いかがなさいましたか?」
「私って、何歳だったかしら?」
「はい? あ、いえ、申し訳ございません! ファラーラ様は十二歳になられました」
「それって……ひょっとして、昨日?」
「さようでございますが……?」
おどおどしていたシアラは私のおかしな質問にさすがにおかしいと思ったみたいで、顔を上げた。
私と目が合ったとたんにすぐに顔を伏せたけど。
そんなに怖がらなくても……って、そうよね。私はすぐにキレるし、生意気なクソガキだものね。
って、何を考えているのかしら?
クソガキだなんて汚い言葉、どこで覚え……夢の中だわ。
何だかすごく長い夢を見ていた気がする。
私はちらりと時計を見て、いつもよりかなり早い時間に起きたことに気付いた。
だけど目はしっかり冴えているし、早起きは三文の徳だし。
三文ってどれくらいかわからないけれど、まあお得ってことでしょ。
「シアラ、今日はもう起きるから、支度を手伝ってくれる? あの水色のドレスがいいわ」
「か、かしこまりました」
シアラが驚くのも無理はないわよね。
だって今まで偉そうに上から命令ばかりだったもの。
命令でも言い方を少し変えるだけで、印象も変わるものね。知らなかったわ。
昨日が十二歳の誕生日だったということは、誕生パーティーで殿下と――エヴェラルド殿下との婚約が発表されたんだわ。
それで私は有頂天になって、ますます傲慢で嫌なクソガキになっていくのよね。
うん、思い出した。
蝶子だった私は、ファラーラの我儘っぷりに腹を立てていたけれど、今思えば蝶子もかなり嫌な女だったわね。
人間、客観性って大事だわ。
そこまで考えて、昨夜のことを思い出した私はどんよりした。
客観的に見たら気付くことがたくさんあるのね。
昨夜の私は浮かれすぎていて気付かなかったけれど、殿下はちっとも嬉しそうじゃなかった。
たまに浮かべるあの笑顔も偽物よね。
そもそもこの婚約はどうして成立したんだっけ?
確か……私が無理やりお父様にねだったような気がする。
上にお兄様が三人いて末娘だから、お父様は私に甘い。
家柄的にも問題なくて、お父様は陛下の臣下でありながらも親友で……。
十二歳の私は我儘で意地悪で手に負えないけれど、まだ子供だから許してもらえている。
だけどたぶんほとんどの人は気付いているんだと思うわ。
私が嫌な子だって。
殿下と婚約することで、将来の王妃として、きちんと自覚を持つかと思ったら大間違い。
どんどん悪いほうに自惚れて、自分が悪いって気付けないまま。
殿下は陛下に命じられて仕方なく私と婚約した感じだった。
でも私は嬉しかったんだから……殿下の婚約者という立場が。
あれ? ちょっと待って。
要するに私、殿下のことは別に好きじゃない?