嫉妬2
今現在、私が殿下と婚約したことで、この学園の女子派閥は大きく揺らいでいるのよね。
最大派閥だったサラ・トルヴィーニが殿下の婚約者候補から脱落したことで、多くの女子が離れていったとか。
諸行無常だわ。
それ以前にただの力関係で――要するに実力を有する者としての最大派閥がミリアム・ポレッティ先輩。
ここで言う実力って、家柄、教養、そして何より性格。
そう、いくら家柄がよくても教養があっても、人に押し負けるような性格では社交界で生きてはいけないのよ。
要するに、他人を上手く踏み台にするってこと。
あら? 違ったかしら。
とにかく、あとはポレッティ先輩に人を束ねる力――人望があれば言うことなしなんだけれどね。
当たり屋なポレッティ先輩がなぜそれほどの派閥を作れたのかを(ジェネジオが)分析した結果、ナンバー2であるエリデ・ベネガス先輩――ベネガス伯爵令嬢の力が大きいそうよ。
この方は控えめに見えて実はやり手。
ただ家柄がポレッティ先輩はもちろん、サラ・トルヴィーニにも劣ることから、ポレッティ派のナンバー2の座に甘んじているらしいわ。
ところが実際、派閥をまとめているのはベネガス先輩とか。
ジェネジオがポレッティ先輩の次に殿下の婚約者候補に挙げたのもそのため。
最初は反対意見が多いだろうけれど、そのうち納得させるだろうって。
だからこの二人を取り込んで、それから殿下にどちらがいいか選んでもらえばいいのよね。
我知らず恋に落ちるように、それぞれ演出はするから任せてほしいわ。
私のときは選択肢を与えず無理やり婚約させてしまったけれど、やっぱり好みもあるものね。
……そもそも私が我が儘を言わなければ、今こんなに苦労することもなかったのよ。
どうせやり直すなら、なぜ婚約前に覚醒させてくださらなかったのかしら。
神様は意地悪だわ。
それともこれは神の試練? 試されている?
なら、私はこの試練を乗り越えて極楽浄土に行ってみせるわ!
あ、エモシ様はそちらにはいらっしゃらないんだわ。
「……殿下は、どのような女性がお好みなのでしょうか?」
「そうだなあ……。美人で頭がよく、控えめだけれど明るく、僕を常に立ててくれて、楽しく会話できる人かな」
「そうなんですね」
とすれば、ベネガス先輩のほうが近いわね。
ポレッティ先輩のような華やかな美人ではないけれど、楚々とした美しさがまあほどほどにあるもの。
まずはベネガス先輩から運命の出会いをセッティングして――。
「嘘だよ」
「はい?」
「今の、好みの女性像。全部嘘だよ」
「え!? 嘘!!?」
何なの。本気でベネガス先輩とのラブロマンスを考えようとしていたんだから。
それなのに、殿下は必死で笑いを堪えているように、口を押えているわ。
カップは置いたのね。
そうよね。それだけ揺れていたら、こぼれてしまうものね。
「ずっと心ここにあらずって感じだったから、ちょっと意地悪をしただけだよ」
「意地悪……」
優等生な殿下でも意地悪なんてするのね。
いえ、当たり前よね。
中身がないなんて考えてしまったけれど、それでも殿下は殿下としての意思はあるんだもの。
それがこのままでは、無個性な大人になってしまいそうなだけで……。
「普通に考えて、理想が高すぎだろ?」
「……そうですか? 殿下なら別にそれぐらいお望みになってもおかしくはありませんわ」
「いやいや、おかしいよ。そもそも、それならファラーラ嬢はその条件に当てはまると思っているってこと?」
「はい!?」
「だから婚約を望んだってことだろ?」
殿下の口調が少し砕けているわ、なんて呑気なことを考えていたら、痛いところを突かれたわ。
何なの、もう。
こんなの私の知っている殿下じゃないわ。
慣れなくて心臓がばくばくしてしまうじゃない。
「あ、あの頃の私はまだ……子供だったのです」
「正式に婚約してからまだふた月あまりだよ? しかも話が出たのも数か月前なのに?」
「あのときはまだ十一歳でしたもの。でも今は十二歳ですわ」
いえ、ドヤって言うことじゃないんだけれどね。
わかっているわ。馬鹿なことを言っているって。
だけどそんなに笑うことないじゃない。
本当に……殿下の笑い声を聞いたのは初めてだわ。




