悪夢4
「ずいぶん楽しそうな話をしていたわね?」
「ち、蝶子様……」
「これって陰口よね? ほんと卑怯だわ」
怯える子たちを睨みつけながら、私は机の中から忘れ物を取り出した。
その間、謝ることもできないなんてホントろくな躾もされていないのね。
これだから庶民は嫌いなのよ。
「あの、蝶子様――」
「さようなら、みなさん」
何か咲良が言いかけたけれど、私は無視して他の子たちに挨拶をして教室を出た。
それから向かうのはもちろん職員室。
陰口は立派なイジメだもの。
先生に報告すると、重く受け止めてくれたみたい。
咲良たち親も呼び出されて怒られ、停学を免れるために反省文を書かされることになったらしい。
いい気味よね。
その後はみんなちゃんと私に敬意を払ってくれたわ。
大学では外部入学の子とはまったく育ちが違うから話すこともないし、内部進学組で仲良くできて満足。
就職は親の紹介で入ったとある商社。
素敵な彼もできて、私の人生順風満帆。
当然よね。
彼がこの商社の親会社の御曹司だってことはもちろん知っていたわ。
気になる人がいると言えば、お父様がちゃんと興信所を使って調べてくれるから。
彼と結婚すれば、運転手付きの生活も夢じゃなくなる。
数か月前にプロポーズをしてくれて、そろそろ式の日取りを決めたいところ。
だけど最近は忙しくてあまり会えなかったのよね。
だから久しぶりのデートにうきうき気分で出かけた私は、彼の隣に咲良がいることに驚いた。
「咲良? 久しぶりじゃない。どうしたの? 彼と知り合いだったの?」
「蝶子様……いえ、蝶子さん、あの、ごめんなさい」
「は? 何が?」
今さら高校のときのことを謝ってくるの?
律儀なんだか抜けてるんだか、相変わらずだわ。
「蝶子、ごめん」
「あなたまで何を言っているの? 何かあったの?」
「俺が全て悪いんだ。取引先の受付にいた咲良に一目ぼれして……。蝶子とはっきりさせないままに、咲良に告白した。ごめん。今日はきちんと蝶子に別れを言いたくて来てもらったんだ」
「何を言っているの? あなたは私にプロポーズしたのよ? 指輪だって、ほら!」
「……指輪は返してくれなくていいよ」
「当たり前でしょう? そもそも、なぜ咲良までいるの?」
「私も一緒に謝りたくて……。ごめんなさい」
「意味がわからないんですけど。とにかく、私は別れるつもりはないから」
「聞き分けのないことを言わないでくれ、蝶子。悪いけど、俺たち結婚するんだ」
「はあ? 結婚? それは私とでしょう? 浮気を許すのは今回限りよ」
「浮気じゃない。咲良のことは本気なんだ。それに咲良のお腹には俺の子がいる。だから――」
「咲良、あなた……よくも――!」
「やめろ!」
「何を――っ!?」
怒りのあまり私は咲良に摑みかかった。
それを彼が庇って、私を振り払う。
そのせいで私はバランスを崩して転んでしまった。
たぶん頭を打ったんだと思う。
意識が遠のいていく中で、私は咲良に昔借りた本のことを思い出していた。
シンデレラストーリーでも何でもない。
やっぱりサラは泥棒猫だわ。