悪夢3
「……っ! 今の、夢……?」
生々しい嫌な夢を見て目が覚めた私は、その原因である本を睨みつけた。
あの本は「面白いから」と咲良が貸してくれたものだ。
昨晩寝る前に読んだのが悪かったのかもしれない。
ヒロインは純粋可憐で心優しいサラ何とかっていうお嬢様で、意地悪なファラーラに虐められながらも、最後は王子様と結婚してめでたしめでたし。
まるで子供だましのよくあるシンデレラストーリーで、何が面白いのかさっぱりわからなかった。
まあ、ファラーラにはムカついたけど。
でも待って。
サラと咲良って似てない?
まさか、咲良は自分と私をなぞらえてこの本を読むように勧めたの?
私はムカムカしながら朝の支度をして、臭いキモい満員電車に乗って登校した。
それから教室に入って、すでに来て席に座っている咲良の前に立つ。
「あ、おはようございます、蝶子様」
「おはよう、咲良さん。昨日あなたに借りた本、最悪だったわ」
「え……?」
「サラってまるであなたのような名前だったわね。それで私が悪役のファラーラだとでも言いたいの?」
「ち、ちが……そんなつもりじゃ……」
「じゃあ何なの? 物語としても陳腐でくだらなかったわ。よくあんなものを私に読ませようと思ったわね?」
「それは、蝶子様が読みたいって――」
「私が何ですって?」
「い、いえ……」
この子のこういったおどおどした話し方がイライラするのよね。
自分はいい子ちゃんですって感じで、本当にあの夢の中のサラのようだわ。
「もういいわ。あなたとは口を利かないから。もう話しかけてこないでね」
「そんな! で、ではせめて、あの本は返してください」
「はあ? あんなくだらない本、今朝捨てるように家政婦に言ったわよ」
これで咲良も自分の立場がよくわかったでしょうよ。
私が咲良を無視すると決めたら、みんな従うものね。
クラスで一人浮けばいいんだわ。
物語の内容は違ったけど、私を朝から不快にさせた罰よ。
まあ、一週間くらいして反省しているようだったら、声をかけてあげてもいいけどね。
目覚めからの苛立ちが少しすっきりして席に戻った私は、気分を変えるためにスマホで憧れの海外セレブのSNSを眺める。
いつか私もこんな生活をするんだから。
うちもまあそれなりに資産はあるようだけど、家政婦はいても運転手はいないものね。
運転手がいればあの不快な満員電車で通学なんてしなくていいのに。
せめてお母様が送ってくれればいいのに、朝は起きてこないんだから。
教室に次々入ってくる子たちは、仲のいい子に挨拶して、私にも挨拶してくれる。
それから友達にひそひそと何か言われて咲良を見て目を逸らす。
いい感じに、咲良が孤立していくのがわかって楽しい。
うん、朝の嫌な気分もかなりすっきり。
その日一日、咲良はずっと一人だった。
明日は体育があるけれど、二人一組の内容じゃなければいいわね。
ちょっと可哀そうになってきたし、三日くらいで許してあげようかしら。
そう思いながら日誌を職員室に届けて帰ろうとして、忘れ物に気付いた。
明日は当てられる日だからちゃんと宿題しておかないとね。
「――大丈夫、咲良?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「それにしても蝶子様ってほんとウザいよね。何あれ? 自分が貸してって言ったんじゃなかった?」
「うん……」
「うわ、サイテー」
教室に入ろうとして、咲良とクラスメイトたちの話し声が聞こえて足を止めた。
これって私のこと?
「マジむかつく~! あ~ほんとはお前を無視したいんだっつうの! 何、あの女王様気どり。私もあの本、読ませてもらったけど、あの悪役令嬢ファラーラまんまじゃん。蝶子様も王子様に振られて処刑されてしまえばいいのに」
「それは言い過ぎ~」
誰かの言葉にみんながどっと笑う。
そうよ。あの物語のファラーラはサラの生んだ王子を殺そうとして、処刑されて終わるのよね。
今日見た夢とは違うし、物語にはファラーラの心境なんて全然書かれていなかった。
じゃあ、どうしてあんな夢を見たの?
「そもそも小学校一年で自分のことを『私のことは蝶子様と呼んで』とかって言う?」
「今の似てたー! ほんと笑えるよね。未だにみんな蝶子様って呼んでるけど、草生えてるっつうの」
「あれでしょ? 蝶子様wってK女学院のお受験に失敗しちゃって、お金さえ積めば入れるここに入ったんでしょ?」
「そうそう。あそこも小学校からじゃそんなに難しくないのに不合格とか、笑える~。インフルに罹って受験できなかったとか言ってるけど、どうだか」
「それなら中学からでも高校からでも入れっつうの」
「無理無理。蝶子様の頭じゃ、無理だよ。K女は編入は超難関だもん。まあ、おかげでこの学校に寄付金大量に払って教師味方にして女王様でいられるんだから、いいんじゃない?」
「で、でも蝶子様は優しいところもあるよ? この前も先生に怒られたとき庇ってくれて……」
「も~咲良はいい子すぎ! 被害に遭ってるのは咲良なんだから。表立っては味方できないけど、私たちはみんな咲良の味方だからね!」
もう我慢できなかった。
陰でこそこそ悪口を言うあの子たちは、いつも私の機嫌を取ってばかりの子で、もう一人は率先して咲良を無視してた子じゃない。
インフルに罹ったのは本当で、あれは子供の体調管理をちゃんとしていなかったお母様が悪いのよ。
だから私は教室のドアを勢いよく開けた。
途端に咲良たちは驚いて、すぐに顔を真っ青にする。
いい気味。ええ、そうよ。ただですませるなんてことしないから。