商会3
「ジェネジオ! 失礼よ!」
「いいのよ、シアラ。実は今日、先生にも言われたばかりなの。人が変わったようだって」
言っていたのは元家庭教師だけど。
シアラは本気で私に対して無礼だと、ジェネジオのことを怒っているみたい。
本当にシアラっていい子よね(年上だけど)。
きっと天使に違いないわ。
「……じゃあ、あなたが先ほどの質問にちゃんと答えてくれたら、私も答えるわ。ねえ、この化粧水の開発者は誰なの?」
「なるほど。取引ですか?」
「取引……」
というにはお粗末よね。
私の答えは簡単だもの。
ただ単に殿下との婚約を機に心を入れ替えた、で終わり。
「知りたいことを交換するだけですわ」
にっこり可愛く笑って言い換えてみる。
だって私はまだ十二歳。難しいことはわからなーい。
それなのにジェネジオは心動かされた様子もなく、じっと私を見る。
何なの? 淑女の顔を凝視するなんて、かなり無礼じゃない?
そもそもどうしてみんな私の笑顔に反応しないの?
ミーラ様の従姉たちはどちらかというと怯えていたわよね。
自分で言うのもなんだけど、私は可愛いと思っていたけれど、それも傲慢のなせる勘違い?
傷つくわ。非常に傷つくわ。
一人でずーんと落ち込んでいたら、シアラがジェネジオを叱っている声が聞こえた。
失礼だとかどうとか。
いいの。いいのよ、シアラ。
どうせ私は勘違いの自惚れ屋さん。
気にしないで。私は気にしていないから。
シアラは本当に天使なのね。
わかったわ、私。
きっと神様が苦労している天使のシアラのために、私を矯正させようとしたんだわ。
「――だから、ファラーラ様は何もお変わりになってなどおりません! 王太子殿下とご婚約され、そのお立場にふさわしくなろうと努力なされているのです! 今まではほんの少し我が儘が過ぎるところもございましたが、それもこんなにも小さくお可愛らしいのですもの。仕方ありませんわ!」
あれ? 私はもう十二歳なんですけど。
小さいというより、背が低いだけで。
勘違いしていたのは私ではなくてシアラだった?
ひょっとして、もしかしてだけれど、私があれほど傲慢に成長したのはシアラが助長していた可能性あり?
いえいえ、ダメダメ。
シアラのせいにしてはダメよ。
それでも……今までシアラが怯えているように見えたのは気のせい?
は! まさか、シアラってば被虐趣味があるとか?
もっと私は「女王様とお呼び!」とかって鞭を振るったほうがいいのかしら?
今まで迷惑をかけたぶん、シアラが望むのなら頑張るわ。
だけどシアラ。このままだと未来の恋人を失いそうよ。
ほら、ジェネジオが引いているわ。
そしてすっかり話が逸れてしまったけれど、結局あの化粧水の開発者は誰なの?
「あの、私が変わった――変わろうと努力している理由はシアラが言ってくれたんだから、開発者が誰なのか教えてちょうだい」
「へ? あ、ああ。そうでした。開発者のことでしたね……」
唖然としていたジェネジオは私の言葉にはっと我に返ったようだった。
それから答えようとして、シアラに睨まれていることに気付く。
きちんと答えなさいよ、というシアラの圧が私にまで伝わってくるわ。
どうしよう。
シアラの新しい一面を知って、嬉しいようなちょっとどうしたらいいのかわからない戸惑いとで複雑な気分。
だけど楽しいからいいか。
「化粧水の開発者ですが……これも商売敵に知られたくないので内密にお願いしたいのですが……」
「もちろんよ」
「開発者は……私です」
「え?」
「この私、ジェネジオ・テノンが化粧水を研究開発いたしました」




