商会2
「何でもないわ……。ごめんなさい、騒がせてしまって」
「い、いえ……。ファラーラ様に何事もないのでしたらよろしゅうございました」
「――そうですね。少々驚かされてしまいましたが、虫でもおりましたか?」
あ、シアラは本気で心配してくれているのに、ジェネジオは馬鹿にしているわ。
たぶん私がわざと二人を驚かせたと思ったのね。
そんな子供っぽいことを私が……やっていたわね。ええ。記憶にあるわ。
それでそのたびにシアラに心配をかけていたのよ。
つくづくシアラって優しい人だわ。
私を最後まで見捨てず、幽閉されたあとも確か世話をずっとしてくれていたような……。
それこそあのときのことはあまり覚えていないけれど。
そうそう。それでジェネジオが「いい加減放っておけよ!」とか言ってたのよね。
ばっちり聞いていたわよ、私。
「……ところで二人は知り合いなの?」
「え? あ、はい。彼とは学園の同級生なんです。こちらでお世話になるようになりまして、久しぶりに再会いたしました」
「……偶然に、ですがね」
あらあら。
ちょっと意地悪な気持ちになって二人とも困ればいいのに、と思った私の質問だったけれど。
どうやらシアラはまったく気にしていないみたい。
私の質問も、ジェネジオのことも。
これはまだジェネジオの片想いね。
でも安心してほしいわ。
今度の私は二人の恋路を邪魔する気はないから。
応援する気もないけどね。
「それで、まだ最初の質問に答えてもらっていないのだけど?」
「ああ、はい。申し訳ございません。あまりに驚いてしまって、返答が遅くなってしまいました」
ジェネジオは謝罪の言葉を口にして深々と頭を下げたけれど、時間稼ぎにしか思えないわ。
そんなに言いにくいこと?
ひょっとして毒が入っているとかじゃ……。
「あの化粧水の成分につきましては……ロエアが主成分でございます。他にチマソウ、ギヨモなどございますが、すべてをお教えするわけにはまいりません」
「それは商会秘密だから? それとも言えないようなものが入っているの?」
「もちろん、他商会へ秘密が漏れることを防ぐためでございます」
「あの化粧水はテノン商会の専売特許だものね。さすがは国一番の商会だわ」
ロエアなら私も知っているわ。
薬草図鑑に火傷に効くって書いてあって、アロエと名前もよく似ているから覚えていたもの。
他にもきっと肌にいい成分なんでしょうね。
全部を教えてくれなかったのも仕方ないわ。
だけど、にこにこ仮面をつけていたジェネジオの仮面がはがれていく。
何だか怖いんですけど。
まさか秘密を知った者は消される運命なのでは!?
「失礼ながら申し上げてよろしいでしょうか?」
「え、ええ、何かしら?」
失礼だと思うなら申し上げなくてもいいじゃない。
「いいか?」って訊かれたら、つい「いいよ」と答えてしまうのが人間の性でしょう?
ここでダメだって言ったら、いったい何だったのか気になって眠れないもの。
「お噂では伺っておりましたが、お嬢様はずいぶんお変わりになられましたね?」
「へい?」
あ、変な声が出てしまったわ。
だっていきなりなんだもの。
ずいぶん変わったって言われるのもこれで二度目だわ。
発信源その一は家庭教師で、その二はシアラかしら?
そう思ってシアラをちらりと見ると、驚いたような顔をしていた。
あれ? なぜシアラが驚くの?
私が変わったって一番に思うのはシアラでしょうに。
発信源は違ったのかしら。
「ご婦人方がかなりお噂をされておりましたので、何度も耳にしておりましたが、本日実際にお会いしてお噂が真実なのだと悟りました。いったい何があったのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
ええ? すごい不躾なんですけど。
それよりも何よりも、開発者が誰かって質問にはまだ答えてもらっていないわ。
要するに、話を逸らしているわね。




