蝶子21
すごく不思議な夢を見たみたいで頭がぼうっとする。
今まで見た中でも一番に変な夢。
まさか私とあの子が入れ替わるなんて。
あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いがこみ上げてきて、寝返りを打って目を開けた。
そこで、目に映ったものに気づいて笑いも引っ込む。
「どこ、ここ……」
思わず漏れ出た声はかすれていて、何度か咳払いをしたけど全然ダメ。
そのとき、サイドテーブルにペットボトルの水が置いてあることに気づいた。
未開封のボトルはわざわざ誰かが置いてくれたことがわかって、それが相上だろうことに頭を抱えたくなる。
それでもこのままというわけにもいかないから、のろのろと起き上がってボトルに手を伸ばした。
ファラーラという子の記憶が――あの夢が現実だとしたら、私は誠実さんと食事をした後に相上を引っ張ってこの部屋へと連れ込み、しかも服を脱がせさせたのよね?
「最悪……」
蓋もせずボトルをサイドテーブルの上に戻し、改めて頭を抱えた。
手に触れる髪から香るにおいがいつもとは違うことに気づいて、髪の毛まで乾かさせたことを思い出す。
膝に頭をのせるようにして呻くと、隣の部屋から足音が聞こえてきて緊張した。
思わず身構えると、ノックもなしにドアが開かれる。
「やっと起きたか」
「……雄大?」
てっきり相上だと思っていたから、雄大の姿に拍子抜け。
これはひょっとして、ちょっと記憶が混乱しているだけで、やっぱり昨日の醜態はただの夢だったんじゃない?
頭を強く打ってからおかしなことばかりだから、記憶混濁だって起こってもおかしくないもの。
いつの間にか、家族旅行にでも来ていたとか?
もう十年以上そんなものはしていないけれど。
「頭は大丈夫?」
「は?」
「頭抱えてただろ? 二日酔いなんじゃないか?」
「それは……この状況なら誰でも頭抱えるんじゃないの?」
「馬鹿なことをしたって自覚はあるんだ?」
「うるさいわね……」
いつもなら生意気な雄大に対してもっと怒るところだけれど、さすがにこの状況で強気になんて出られない。
雄大の様子から、残念ながら昨夜のことが現実だと察してしまった。
そもそもなぜここに雄大がいるの? 相上はもう帰ったの?
――いえ、相上じゃなかったわ。
「彼は……」
「ああ、桜井さん? まさか姉さんがもう会ってるなんて知らなかったよ」
「は? 会ってるって……」
やっぱり相上は桜井誠人だったんだ。
でも雄大が探偵事務所まで迎えに来てくれたときには何も言わなかったわよね?
あのときの相上はボサボサな頭でだらしない格好ををしていたから、気づかなかった?
そもそも、何のために『相上誠人』だなんて嘘をついていたの?
「父さんが姉さんの結婚相手にって、見合いを画策していたうちの一人だろ? 父さんの紹介でもう会ってたんじゃないの?」
「お見合い? 私が?」
「やべ。まさか知らずに会わされてた?」
雄大の言葉の意味がまったくわからなくて、眉間にしわが寄る。
そんな私を見て、雄大は慌てて口を片手で押さえながらも、わずかに楽しそうな表情を覗かせた。
絶対にこの状況を楽しんでいるわね?
「あい――桜井さんは?」
「昨日、夜中に俺を呼び出してから帰ったよ。未婚のお嬢さんと同じ部屋で一晩過ごすわけにはいかないからって。残念だったね、責任を取ってもらえなくて」
「馬鹿なこと言わないでよ! 別に責任なんてっ……!」
今度ばかりは怒っていいと思うわ。
だから傍にあった枕のひとつを投げつければ、雄大は大げさに自分を庇った。
枕は雄大に当たって、ぼすんと床に落ちる。
「ま、いつまでもここにいてもしょうがないから、帰る支度しなよ。姉さんの着替えは適当に持ってきたから。そこに置いてあるだろ」
「……呼び出しって、雄大に直接連絡がきたの?」
「ああ。最初は誰かと思ったけど、まさか『桜井誠人』だとはね。しかも、お姉さんが酔って寝てるからって。でも考えてみれば、姉さんのスマホじゃなくて、自分のスマホからかけてきてくれたんだよな? あの『桜井誠人』のプライベートの連絡先ゲットってすごくね? 俺の連絡先は姉さんが教えたの?」
「――覚えてないわ」
「そんなに飲んだわけ?」
「そうじゃないけど……。とにかく、着替えるから出て行って!」
「はいはい」
今はとにかく頭が混乱してきちんと考えられない。
私とあの子が夢でもなく、本当に入れ替わっていたってこと?
ただの探偵なはずの相上が、あの――旧財閥の御曹司である桜井誠人だったなんて。
桜井誠人の存在は有名だったけれど、それは学生時代から海外に留学していて、優秀だとの噂だけでどこに顔を出すこともなくて謎に包まれていたから。
その桜井誠人に、お父様が私とのお見合いを画策していたなんて信じられない。
自分で言うのもあれだけど、私よ? 傲慢で我が儘、高飛車で嫌な性格のやり直し前のファラーラそのもの。
取り繕うことさえしなかったから自分では気づいていなかっただけで、ファラーラと同じように社交界では残念な意味で有名だったんじゃないかしら。
誠実さんとの婚約破棄だって、きっと陰で笑われているでしょうに。
そんな私とのお見合いを持ちかけられて、相上は――桜井誠人は不快になったんじゃないかしら。
だって、彼の大切な従妹を私は精神的に追い詰めたうちの一人なんだから。
それで探偵に扮して、からかってやろうとしたとか?
でも、どうして私があの探偵事務所に依頼するって知ったのか、そもそもそこまで手間をかけるもの?
もう、訳がわからないわ。
とにかく、あれこれ考えるよりも、今は早くこのホテルから出ないと。
ひとまず着替えようとして、雄大が用意してくれた服の中に下着がないことに気づく。
昨日と同じ下着を身に着けるのは不本意だけど、仕方なくバスルームへ行くと、セロハンに包まれたままの新品の下着が用意されていた。
その足元にある籠には、昨日ファラが脱ぎ散らかしただろう服が下着とともにきちんと畳まれて置いてある。
(ちょっと待って。これを雄大がしてくれたとは思えないし、ファラーラがするわけないわよね。ってことは……)
ホテルの従業員をこの部屋まで入れたとは思えない。
おそらく新しい下着を持ってきてくれたのは従業員でしょうけど、それだって頼まなければいけないわけで、サイズがぴったりなのがまた……。
もう、どうすればいいの?
恥ずかしさのあまり顔を覆ったけれど、指の隙間からバスローブを羽織っただけの自分の姿が見えて泣きたくなる。
もういや。本当にどうしてこんなことになったの? これからどうすればいいの?
皆様、お久しぶりです。かなりお待たせしているにもかかわらず、お読みいただき、ありがとうございます。
気がつけば、4年以上も更新できておりませんでした。
これから二人の悪夢の謎に迫っていく予定ですので、もうしばらくお待ちいただけると嬉しいです。
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