嵐1
おかしい。
今日はなぜか朝から頭が重いわ。
この感覚、よくわからないけれど、蝶子が時々なっていたような気がする。
確か、嵐が来る前に気圧がどうとか言ってたような?
それで調子が悪くなって、学生時代はよく周囲に当たり散らしていたのよね。
改めて思うけど、嫌な子だったわね。
でもカーテンの隙間からは朝日が入ってきているから、お天気はよさそうだわ。
だとしたら、ただの疲れかしら。
ここのところ色々あったから。
もそもそとベッドから出ようとして、ふと思い出した。
そうよ。
別にもう学院に行く必要はないんだから、起きる必要もないのよ。
今日は何も予定はなかったはずだし、もう一度寝ましょう。
二度寝最高!
いそいそとお布団の中にはいって、ふうっと息を吐く。
ああ、幸せ。
このまま冬眠したい気分。
うう、でもお腹がすいてきたわね。
シアラに朝食だけ運ばせようかしら。
いつもなら気配でシアラはやってきてくれるのに。
仕方ないのでお布団の中から枕元の呼び鈴に手を伸ばす。
すると、勢いよくシアラが入ってきた。
あら? そんなに急がなくてもまだベルは鳴らしてないわよ。
「ファラーラ様、大変です! お、お逃げください!」
「逃げる?」
「とにかく、お早く!」
何、何、何なの?
シアラがここまで慌てているのを見るのは、私が悪夢から目覚めて初めて『ありがとう』って言ったとき以来。
それにさっきまで明るかったカーテンの向こう側が暗くなったみたい。
こんなに急に曇ってくるものなのかしら。
嵐がくるの?
逃げないといけないくらい?
ごそごそとお布団から出て窓辺へ近づいてカーテンを開けた。
偉いわ、私。
自分でカーテンを開けるなんて。えっへ――。
「っひ!?」
え、偉いわ、私。
悲鳴をのみ込んだもの。
腰を抜かすことだってしてないわ。
ところで、ある日ばったり獰猛な獣に出会ったときってどうするんだったかしら?
歌うの? 踊るの?
ええっと……。
そうそう。
目を逸らさずに、声を出さず、静かにそっと後ろに下がるのよ。
抜き足、差し足、忍び足。
さん、はい。
抜き足、差し足、千鳥足。
そろそろ走りだしても大丈夫かしら?
シアラは「逃げろ」と言ったきり、いったいどこにいったの?
ここは盾になるべきでしょう?
とにかく、ゆっくり扉を開けて……。
「お母様ー! 窓の外に魔獣がいるのー!」
「あらあら、まあまあ。そんな姿ではしたないわ、ファラーラ」
ええ?
もっと驚いて。
私がおかしいの?
「あ! 奥様、申し訳ございません! 私が慌ててしまいましたので、ファラーラ様を驚かせてしまいました!」
「いいのよ、シアラ。王都中が大騒ぎなんだから。本当に仕方ない子だわ」
いいの?
私は淑女にあるまじき姿で部屋から出てしまったというのに?
シアラは急いで私にガウンを着せてくれたけど、またあの部屋に戻るのはちょっと。
「……シアラ、まだ窓の外にアレはいるの?」
「アレ、ですか……?」
「ええ、魔獣がいたのよ」
「……わかりました。確認してまいります」
さすがシアラ。
フレフレ! シアラ!
「ファラーラ、あなた……」
どうしてそこでため息をつくのですか、お母様。
シアラは私のためなら、たとえ火の中、水の中のはずだもの。
そもそもお母様が可愛い娘のためなら盾になってくださってもよいのではないですか?
まさか――。
「私、本当はお母様の実の子ではない!?」
「何を言っているの? 本当に残念な子ね。馬鹿なことを言ってないで、早くお部屋に戻りなさい」
「え? でも、シアラがまだ――っ!」
嘘でしょう!?
可愛い実の子を魔獣がいるかもしれない部屋へと押し戻すなんて!
「あなたもいい加減、魔力の気配を探れるようになりなさい。では、ちゃんと着替えてから居間にくるのよ。その子も連れてね」
その子って、どの子?
まさか魔獣のことではないですよね?
お母様は獅子ですか?
千尋の谷に突き落とした私を這い上がらせるおつもりですか?
無情なお母様の背中から、おそるおそる部屋へと振り返る。
頑張れ、ファラーラ。
やればできる子、ファラーラ。
シアラはどこ――。
「ファラーラ! 会いたかったぞー!」
「いやぁああ! 魔獣がしゃべったぁああ!」
やればできる子、ファラーラ。
炎魔法『必殺! 風前の灯火(フェスタ先生命名)』を魔獣に放って、スタコラサッサ!
私、逃げ足だけは速いですから。
皆様、いつもありがとうございます!
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よろしくお願いします(´▽`)ノ