卒業4
「聞けよ、人の話を。それから、その質問は聞かなかったことにする」
「ええ? 先生のおっしゃっていることには矛盾があります」
「君の頭の中が矛盾どころか、迷路なんだよ。巻き込まれて私まで遭難するのはごめんだからな」
「わかりました。先生は好きな人がいても口には出せない奥手だということですね。それでは今までお世話になったご恩をお返しするためにも、今度アルバーノお兄様を派遣しますね」
「何がわかったんだ? それはご恩ではなく拷問だ。とにかくファッジン君はもう何も考えなくていいから、今すぐ回れ右をして教室を出なさい。ほらほら、外でも君を待っている在校生はたくさんいるだろう」
そうだわ。
先生は複雑なご家庭出身だから、〝愛〟とか難しく思われているのかもしれない。
そうよね。
皆に愛されて育った私だって、〝愛〟についてはまだ理解できないもの。
だけど少しだけわかったことがあるわ。
〝無償の愛〟って言葉がおかしいってことよ。
だって無償でない時点ですでに〝愛〟ではなく〝打算〟だもの。
「フェスタ先生、怖がらなくても大丈夫ですからね。先生のことを愛してくれる方は今だってちゃんといるんですから。お爺ちゃんはもちろん、チェーリオお兄様も先生のことを愛していると思いますわ」
私がエルダやミーラ様、レジーナ様を愛しているようにね。
お爺ちゃんだって何だかんだで先生を見る目がとても優しいもの。
信じられないのか、フェスタ先生は目を丸くされて固まっていらっしゃるわ。
周囲も静かになったみたいだけれど、当然ね。
この私、ファラーラ・ファッジンが愛について語ったんだもの。
「それでは皆様、ごきげんよう」
淑女として優雅に礼をしてから教室を出ていく。
最高の退場の――卒業の仕方だわ。
さすが私。完璧ね。
「ファ、ファラ……本当にいいの?」
「ええ、もちろん。挨拶は十分できたわ」
「そ、それなら……うん、まあ……」
エルダが心配そうに声をかけてきたけれど、大丈夫よ。
クラスの子たちはまた集まろうって話を委員長が先ほどしていたから、そのうち招待状が届くでしょう。
ミーラ様はわくわくした様子でレジーナ様は嬉しそうににこにこしている。
そうね。
卒業してからクラスで集まるのも楽しそうだものね。
ちょっとだけ名残惜しいけれど鞄を持って教室から出る。
だって、あまりもたもたしていたら先生がおっしゃっていたように、在校生を待たせてしまうものね。
さあ、私の最後の制服姿を篤とその目に焼き付けるといいわ。
馬車寄せまで花道ができているのは当然よね。
ゆっくり進みながらみんなに挨拶して通っていく。
贈り物は受け取れないって通達しているから、みんなに手を振るだけ。
「――って、殿下!?」
「うん、ファラーラ。改めて卒業おめでとう」
「……ありがとうございます。それで、何をなさっているんですか?」
「ファラーラを待っていたんだ。一緒に帰ろうと思って」
にこっではありません、殿下。
だから誰か早く美少年は無邪気な笑顔を禁止して。
ああ、でもアンニュイな表情も、ちょっと悪戯っぽい笑顔もダメね。
そうそう。それにトラウマでもあるけれど、悪夢の中のあの婚約破棄を告げるときの厳しい眼差し。
あれもダメだわ。
要するに私、殿下のお顔は好きなのよ。
って、今はそれどころではなくて。
馬車寄せにはファッジン公爵家の馬車ではなくて、王家の紋章が入った馬車が待機している。
在校生たちもさすがに近寄りがたいらしく、殿下の周囲だけ人がいなくてとてもキラキラしていて目立っているわ。
「……殿下、そのうちわは最新のものですよね?」
というより、今まで発売された私のキラキラうちわ全種類お持ちなんですが。
ええ、もちろん私だって殿下のは全種類コンプリートしているわ。
作画はクレト・ピシャ。
神出鬼没である彼は時々ジェネジオ宛てに殿下の肖像画を送ってきていたらしいのよね。
それで殿下のキラキラうちわも新作が発売されていたってわけ。
私は保存用、観賞用、持ち歩き用と三枚ずつ購入して、観賞用は勉強机に飾っているもの。ふふん。
「新しいものが発売されると、いつもジェネジオ・テノンが送ってきてくれるんだ」
「そうだったんですね……」
もちろん代金請求はちゃっかりされていますよね。
私も毎回しっかり請求されているって執事が言っていたもの。
「――ファラ、殿下をこれ以上お待たせしちゃダメだよ」
「そうですわ、ファラーラ様。久しぶりの再会ですもの。早くいらっしゃってください」
「私たちは今までファラーラ様のことを独占させていただきましたからね。それに明後日、またお会いできますもの」
「あ、ええ……」
殿下はもう帰られたとばかり思っていたから、驚きすぎてどうでもいいことを考えてしまっていたわ。
今日は四人で一緒に帰ろうって約束もすっかり忘れてしまっていたくらいに。
それなのに、エルダたちは私の背中を押してくれる。
「エルダ、ミーラ様、レジーナ様……ありがとう。また明後日、お会いしましょうね!」
「うん」
「楽しみにしていますわ」
「ファラーラ様、頑張ってくださいね」
何を?
レジーナ様の応援はよくわからないけれど、三人に手を振ってから、殿下の許へと向かう。
別に急いでなんていないわ。
ほら、足が伸びたから速足になっただけ。
それにきっと美少年にはブラックホールにも劣らない吸引力があるんだわ。




