遊学時代2
冗談ではなく、誘拐されそうになったこと二回。
もちろんそんな者たちは私に触れることもできず護衛が守ってくれたからいいけれど、そのせいでどこへ行くにも厳戒態勢で大変なのよ。
計画の段階で潰されたものも多くあるらしいわ。
だから私が〝空船〟で出かけると言えば、箒に乗った騎士たちがついてくることになるから……うん。
どうしてかしら。蝶子の世界だと、箒に乗った姿もかっこよく見えたのに。
とにかく、それで私に近づくには名家のお年頃の男子を学院に送り込め作戦になったようだわ。
そこでどうしてお友達になろう作戦で女子を送り込んでこないのかしら。
女友達なら大歓迎なのに。
とはいえ、外では気軽にエルダたちとも遊べなくなったのがかなりつらいわ。
しかも面倒なことにベルトロお兄様がもうすぐ帰っていらっしゃるらしいのよね。
私が誘拐されかけたことはどうにか隠してくれたらしいので今まで平和でいられたけれど。
ええ、ちょっとした出来心だったんです。
まさか本当にベルトロお兄様が魔獣を手懐けられるなんて、誰が思うかしら?
さよなら、私のわずかばかりの自由な生活。
これからはどこへ行くにも魔獣を連れたベルトロお兄様が私についてくるのよ。
国王陛下直々に私の護衛を任命されたんだもの。
学院長やフェスタ先生の結界で守られた学院を卒業するのがその理由。
今までは大半を学院で過ごしていたけれど、これからはお茶会などで出かけることも多くなるだろうからって(公爵家は当然ながら鉄壁の護りよ)。
「ファラーラ様、おはようございます」
「おはようございます、ミーラ様。エルダもレジーナ様もおはようございます」
「おはよう、ファラ」
「ファラーラ様、おはようございます」
ああ、私の癒し。マイベストフレンド!
こんな状態になってからは、いつもレアクール殿下やその他男子とのやり取りが終わってから三人とも声をかけてくれるのよね。
気にしなくてもいいのに、身分とか色々と面倒みたい。
今の学院では全員が制服を着ているけれど、それでもまだ身分の上下関係は存在していて、これはもう仕方ないと割り切るべきだから。
私もエルダ以外の子にいきなり馴れ馴れしく声をかけられたらキレる自信があるわ。
だって私はファラーラ・ファッジンだもの!
さらにはブラマーニ王国王太子エヴェラルド・ブラマーニ殿下の婚約者なのよ?
サラ・トルヴィーニなんて今ではただの小物。私の敵にもならないわ。
だから別に、殿下から最近手紙が届かないことなんて気にしていないもの。
どうせ殿下がご帰還なさったら、婚約解消するんだから。
寂しくなんて全然ないのに、どうして殿下の幻が見えるのかしら。
それもあの悪夢に見た殿下によく似ているわ。
あのときの殿下は十八歳で、今から二年後だけれど、この幻のほうがとっても大人っぽい気がするわね。
「やあ、ファラーラ。久しぶりだね?」
嫌だわ。白昼夢どころか幻聴まで聞こえるなんて。
ほら、周囲にはこんなに人がいるのに、こんなに静かだなんてやっぱり夢ね。
「おいおい、エヴェラルド。帰ってくるなんて聞いてないぞ?」
「どうして僕が君に知らせないといけないんだよ。しかも人の婚約者をいつもいつも誘惑しようとしている君に?」
あら、おかしいわね。
私の白昼夢なのに、エヴィ殿下とレアクール殿下が会話しているわ。
それに私の記憶より殿下のお姿だけでなくお声まで低くなって変わられたみたい。
「……驚かせようと思って黙ってたんだけど、ひょっとして怒ってる?」
その美少年が首を傾げるのは反則だって前に心の中で言いましたよね?
十六歳になった今も美少年とか、犯罪レベルではないですか?
法律で禁止するべきだわ!
「ファラーラ様、何かおっしゃいませんと……」
「え? あ、ええ。ええっと……」
「ただいま、ファラーラ」
「お、お帰りなさいませ、エヴィ殿下。遅すぎて待ちくたびれましたわ」
あ、また間違えた。
私の発言でその場が凍り付いたまでは以前と同じ。
どうやらこれは夢ではなく、現実らしいわ。
そして今回は殿下が盛大に噴き出されたから、すぐに緊張は解けたみたい。
レアクール殿下も、あのときのことを知っているミーラ様も笑いだしたからか、みんな冗談だと思ったのね。
本音だったんですけど。
「ファラーラは変わらないね?」
「ええ!? 私、すごく背が伸びたんですよ? もうすぐ殿下に追いつくくらいに!」
「うん、そうだね」
ぐぬぬぬ。おかしいわ。
本当に大きくなったのに、以前よりも身長差が増えたような気がするわ。
食堂の椅子だってちゃんと足がしっかり床につくようになったんだから。
「あのさ、久しぶりに再会した婚約者たちにこんなこと言うのも野暮だってわかってるんだけど、人前でイチャつくなよ」
「はい?」
「二年以上も会っていなかったんだから、これくらい大したことないだろう? 今日はファラーラの卒業の日だから、お祝いを言いに帰ってきたんだ。もちろん、牽制も兼ねてね」
「それにはちょっと遅すぎやしないか? エヴェラルドは自分の立場に油断しすぎているぞ?」
「油断はしていないさ。ただするべきことをしていただけだよ。この先はもう国を離れるなんてことはできないだろうからね」
レアクール殿下は目か耳が悪いのかしら。
私とエヴィ殿下はイチャついてなんていないんですけど。
それどころかエヴィ殿下とレアクール殿下がイチャついてません?
友人になったとは伺っておりましたけれど、これってリベリオ様が嫉妬するレベルの親友ではないかしら。
まあ、いいわ。
勝手に三角関係で盛り上がってください。
せっかくの学院最後の授業なんだから、ここでのんびりおしゃべりなんてしていられないのよ。
「ミーラ様、エルダ、レジーナ様、授業に遅れるので教室に行きましょう」
「え? あ、うん……」
「ファラーラ様、よろしいのでしょうか……」
「いいのよ、別に。また後ですぐにお会いできるでしょうから」
結局、四人仲良く普通科に進んだから教室は同じ。
担任の先生はフェスタ先生。
最後に遅刻して先生に怒られるのだけは嫌だものね。
「それでは、エヴィ殿下、レアクール殿下、皆様、私たちはこれで失礼いたします」
「あ、ファラーラ!」
「……はい?」
「卒業、おめでとう」
「――ありがとうございます、殿下」
殿下があまりに朗らかに笑って祝福してくださるから、涙が込み上げてきそうになってくる。
そもそも久しぶりの再会なのに、なぜ今日なの? なぜ今なの?
たくさんの感情がいっぱいで、もうわけがわからないわ。
でも我慢よ、ファラーラ。
二年前のお見送りの際の私の涙は伝説になってしまったらしいから、今度こそは笑顔でいないと。
ええ。もちろん、あのときの涙は演技よ。演技ったら、演技なんだから。
名女優は役に入り込んでこそだもの。
殿下はエルダやミーラ様、レジーナ様にも祝辞を贈られてから学院長室のほうへと向かわれた。
入学式前に見たあの悪夢とはまったく違う展開。
私には友達ができて、殿下は本物の笑顔を向けてくださって、信者――ではなくファンもたくさんいる。
あの悪夢の日まであと二年。
たとえあれが予知夢だとしても、今の私は同じ道を辿ったりしないと断言できるわ。
だって私はファラーラ・ファッジンだもの!
おほほほほ!
~終わり~




