遊学時代1
「――はあああ!? 寝言は寝てから言ってくれる!?」
って、寝言を起きてから言ってしまったわ。
だってあまりにびっくりしたから。
何なの、あの元婚約者。
厚顔無恥にもほどがあるわ!
まさかやり直したりはしないわよね?
蝶子も元婚約者に対してかなり冷めていたもの。
大丈夫だと思うけど気になるわ。
それにしてもずいぶん久しぶりに蝶子の夢を見たわね。
前回が……殿下が遊学された頃だったはずだから、二年も経っているじゃない!
どういうこと?
夢の中の蝶子の時間はほとんど経過していないようだったのに。
やっぱりあれはただの夢なのかしら。
だとすれば、私が殿下に婚約破棄されるあの悪夢も本当にただの夢?
それとも今が夢?
やだ、怖い。
夢なら醒めないで。
ということで、もう一度寝ましょう。
難しいことは考えない。
おやすみなさい。
「――ファラーラ様、お目覚めで……」
「起きているわよ」
「お邪魔したのでなければ安心しました。いつもより少しお早いご起床ですが、やはり本日は学院最後の日でいらっしゃいますものね」
「……そうね」
私の叫び声を聞いてシアラが起きたと思ったのね。
仕方ないから二度寝は諦めるわ。
それにしても、もう卒業だなんて拍子抜けというか何というか。
三年前にはあんなに意気込んで入学したのに、肝心の殿下がいらっしゃらないから婚約破棄回避も婚約解消も動きなし。
とはいえ、何の意味もなかったわけではないのよね。
ふふふ。
化粧品開発は(ジェネジオが)大成功!
キラキラうちわも魔法の扇子も(ジェネジオが)大儲け!
おかげさまで不労所得もたんまり。
いつでも海外悠々自適生活はできるんだから!
そして何より、空飛ぶ魔法の船! 略して〝空船〟!
私の手で漕ぎたくてもまだまだ力不足でオールを任せるしかないというか、船頭さんというか御者が必要だけれど、空を飛べるなんてアホーニューワーイなのよ。
とにかく空を飛べる道具として、世界中に広まりつつあるのよね。
その発案者としてファラーラ・ファッジンの名もまた名声を博しているのよ。
ひれ伏しなさい、愚民ども!
崇め奉りなさい、愚民ども!
さて、一人独裁者ごっこはやめにして、そろそろ出かけましょうか。
今日で学院は卒業だけれど、入学時と一緒で特に式典があるわけではないのよね。
ただ普通に授業があって終わり。
「――ファラーラ様、本日はどちらになさいますか?」
「……馬車にするわ」
「かしこまりました」
空船のマイナス面は風をまともに受けてしまうこと。
髪型は崩れるし、お天気が崩れると濡れるしで最悪なのよね。
それは改良すべき点だけれど、世界中の研究者が頑張っているみたいだから私は待つだけ。
ちなみに超特急で空を飛ぶ用に箒もまた実用化されているのよね。
だから扇子といい、空飛ぶ船や箒といい、ヒタニレの需要は高まるばかり。
先に手を打っていた我が国と、予想していたテノン商会はウハウハらしいわ。
「――せぇの! おはようございます! ファラーラ様!」
「おはよう、皆さん」
馬車から降りれば迎えてくれたのは、私のファンの子たち。
この二年でキラキラうちわの売り上げは圧倒的に増えたのよね。
新バージョンが出るたびにみんな買ってくれて私の資産もファンも当然増えて、毎朝のこの出迎えも儀式と化しているわ。
特に今朝多いのは最後だからでしょうね。
あらあら。泣いている子までいるわ。
殿下のうちわも未だに売れているのは私のおかげでしょうね。
今でも私のものと一緒に持っている子が多いわ。
だけど、男性陣の中で殿下よりも今売れているうちわが――。
「おはよう、ファラーラ嬢。今日こそは僕にエスコートさせてくれるかな?」
「……おはようございます、レアクール殿下。エスコートの必要はございませんわ」
「相変わらず冷たいなあ。エヴェラルドにそこまで忠実でなくても、エスコートくらいはいいじゃないか」
「そういう問題ではございません」
毎朝毎朝繰り広げられるこのやり取りもいい加減うっとうしいわ。
エヴェラルド殿下よりも売れているキラキラうちわというのが、トラバッス王国のレアクール王子殿下のものなのよね。
殿下はエヴェラルド殿下とトラバッス王国の学院を卒業されたはずなのに(手紙に書いてあったわ)、わざわざこのブラマーニ王国の学院にご遊学にいらっしゃったのよ。
他にもこの一年でこの学院の遊学者数は激増。
そう。世はまさに大遊学時代!
ではなくて、それもこれもみーんな私とお近づきになりたいから。
困るわ~。
私の人生最大のモテ期到来!
もちろん自惚れでも嘘でも胡蝶――誇張でもないわよ。
単に私から最近の発明についての真相を聞き出したいからなのよね。
ホント、困るわ~。




