化粧品1
「――私、出家するわ!」
「申し訳ありません!」
「……え? あら? 私……どうしたのかしら?」
きょろきょろ周囲を見回せば、どうやら私は自室で勉強をしていたみたい。
魔法は理屈じゃないと思うのにねえ。
とにかく魔法理論のレポートを書いていて、うっかり寝てしまったのね。
シアラはそんな私が風邪をひかないように、上掛けを掛けてくれようとしていたみたい。
それなのに私が起きてしまったから、謝罪させてしまったんだわ。
「驚かせてごめんなさい、シアラ。それから、ありがとう」
「そ、そんな! ファラーラ様……」
今までのことは謝れない私だけど、これからのことはちゃんと謝ろう。
そう決めて、感謝の言葉もちゃんと口にすることにしたら、シアラを泣かせてしまった。
そうだよね。私はそれだけ酷い主人だったものね。
そのことに気付けた悪夢と蝶子には感謝してる。
それに、こうして謝罪や感謝の気持ちを言葉にすると、相手だけじゃなくて自分まで嬉しくなるのね。
椅子から立ち上がってぐっと背伸びをする。
うーん。レポートはちょっと休憩にしよう。
ストレッチをしながら鏡を見て、にっこり。
最近の私は鏡を見るのが楽しい。
だって、記憶にある私はいつもむっとして怒っているようで、眉間にしわもあったのよね。
って、やだ。よだれのあとが!
しかも頬に袖のしわのあとまでついてる!
よだれはまだいい。いえ、ダメだけど。
でもまだ十二歳のつやぷりんお肌にこんなあとがついているなんて。
私の肌年齢大丈夫!?
そうだわ。蝶子の記憶が確かなら……。
お肌の曲がり角は二十五歳なんて嘘なのよ。
あれはコラーゲンの話。
みずみずしいお肌の成分は十代前半から失われていくはず。
なんていう成分だったかわからないけれど……。
「ねえ、シアラ」
「はい。お茶をお淹れいたしましょうか?」
「ううん、そうじゃなくて、お母様がお使いになっている化粧品が何かわかるかしら?」
「奥様ですか? 私にはわかりかねますので、奥様付きの侍女に確かめてまいります」
「うん。お願い」
さっそく出ていくシアラを見送って、私は自分の化粧品を改めて見た。
口紅、白粉、頬紅、眉墨……。
あら? 基礎化粧品が少なくない?
この化粧水だけ?
むしろ十二歳の私には白粉や頬紅はいらないくらいでしょう?
もちろんこれらの化粧品が安全なのは、ナントカ魔法で確認済みだったはず。
そのナントカ魔法は元々お料理に毒が混入されていないか調べるために生み出されたらしい。
いつの時代も暗殺とか怖いものね。
でもせっかく便利な魔法があるのに、基礎化粧品がこれ一本ってどうしてかしら。
もっとお肌にいい化粧品があってもいいと思うんだけど。
乳液とかクリームとか。
私がまだ子どもだからこれだけ?
あと日焼け止めもあれば、もっとお外で自由に遊べるのに。
それにしてもお肌を整えるなら、若いときからが一番いいのよ。
美しさは内面から……はまた別の話で、基礎化粧品でお肌を整えてこそ、メイクが活きるんだから。
今まで身支度はシアラ任せだったけれど、いざ気がつくと気になるわね。
(でもなあ……動物性のものは使う分には気にしないでいられるけれど、自分で開発とかするのは無理よねえ……)
蝶子もスクワランとかっていうお肌にいい成分がチョウザメの何かから抽出されているって聞いて拒絶していたものね。
いえ、チョウザメはキャビアだわ。
スクワランはナントカっていうサメの肝臓がどうたらだったわ。
それでキャビアはしっかり食べていたんだから、蝶子も何というか……まあ、私もお肉は好きだけど。
これからは食事前のお祈りをちゃんとしよう。




