蝶子2
「え~それで別れちゃったの? もったいなくない? 超ハイスペだったじゃん、彼。蝶子は自業自得だし、お腹の子だってほんとのところはわからないんだから、黙っていればよかったのに」
「私もそのつもりだったんだけど、彼の母親がうざくって。『蝶子さんはああだった、こうだった』って何かにつけて比べてくるし、何よりちゃんと計算すると、お腹の子はマークが父親の可能性が高いのよね」
マーク? それが咲良の彼氏なの?
咲良と一緒にいるのは学生時代の友達ね。
蝶子の陰口を言っていた子。
ここは……どこかのカフェね。
「マークの子だったら、さすがに誤魔化せないと思うのよ。アイルランド系アメリカ人だけど、他にも色々と混ざってるらしくて遺伝子がどうなるか。あの母親ならDNA鑑定までしそうだし、そうなると面倒でしょ? だからマークの子ってことで彼と結婚するわ」
「マークと?」
「ええ。マークならたとえ誰の子でも誤魔化せるしね」
「結局、どっちの子かわからないってこと?」
「正確に言えば、誰の子かわからないってこと」
「うわ。サイテーだ、この女」
うんうん。本気で最低なんですけど。
咲良ってこんな子だったの?
要するに、彼とマーク以外にも付き合っている人がいるってこと?
ビッチじゃん!
あら? ビッチって何だったかしら……?
そうそう。確か〝男ったらし〟ってことだったわ。
「マークって蝶子の彼の次に優良物件なんだっけ?」
「まあね。外資金融だから実力次第で安定はあまりないけれど、あっちのほうが最高なの」
「うわ。やっぱりサイテーだ、この女」
あっちのほうってどっちのほう?
よくわからないけれど、とにかく最低ね。
「そうそう。あっちといえばね、彼は残念だったわ。歴代三位に入るくらい残念」
「マジで? 蝶子ってば、それでよく我慢できたわね」
「それがさあ、彼が言うには蝶子とはやってないんだって」
「うそっ! それで婚約したの? さすがお嬢様は違うわ~」
何てこと! あの男、蝶子のプライベートなことをペラペラしゃべったわね!
この会話って要するに、その、え、えっちをしたかどうかってことよね!?
そんなのするわけないじゃない!
結婚前よ!? とんでもない醜聞だわ!
「そりゃ、やらせてくれないなら、浮気してもしょうがないわ」
「でしょう? 蝶子の自業自得よね」
はあ?
自分のことを棚に上げて、蝶子のせいにしないでくれる?
確かに学生時代の蝶子は酷かったし、簡単に許せる問題でもないのはわかるわ。
だけど、自分の悪事を正当化できるものではないのよ。
蝶子が私と同じように夢を見ているなら、きっと人生をやり直そうとするはずだわ。
もしかしたら、私が悪夢の中で見下していたエルダさんと仲良くなれたように、咲良とも仲良く……はなれそうにないわね。
「ねえ、まさか蝶子って処女なのかな?」
「そうじゃない? 『この私が下賤の男に体を許すわけがないでしょう?』とか言いそう」
「鉄の処女ね」
「トゲトゲしさがそのまんま!」
「ウケる~!」
ウケないわよ。ちっとも面白くないわ。
蝶子だって、大学生のときに彼氏ができたのよ。
それでその、あああなって、こうなって……無理だったのよ!
無理に決まっているじゃない!
あんなの生理的にも物理的にも無理!
それでも……それでも、彼とならできると思っていたのよ。
新婚旅行には南仏あたりの別荘で愛を確かめ合えるとね。
あ、愛なんてなかったんだわ。
だけどまあ、咲良がどれだけの男の人と付き合ってきたのかわからないけれど、ワースト3に入るのなら、これでよかったのよね。
浮気男だってわかったし。
って、ちょっと待って。
悪夢の中の私は王太子殿下との結婚を夢見ていたけれど(変な表現ね)、その頃は結婚が何たるかを知らなかったから。
子どもは当然できるものだと思っていても、その過程を知らなかったのよ。
でも今ならわかる、その恐ろしさ。
そうよ。
どんなに魔法で治療しても、出産で命を落とす女性は多いのよ。
無理。無理だわ。
やっぱり私にはできない!
 




