意地1
「なんでそこで浮気男に連絡するのよーっ!」
馬鹿なの!? 本気で蝶子は馬鹿なの!?
もう、朝から苛々するわ。
今日はせっかくの休日なのに、目覚めは最悪。
まだ眠いけれど、課題をしなければいけないし、何よりお父様に伺いたいことがあるからもう起きないと。
殿下が遊学されるって本当なのかしら。
もちろん、本当でも何でも私から殿下と仲直りなんてしないんだから。
ぷんぷんしながら着替えをして、朝食をとりに階下へと向かう。
お父様がお出かけになる前にお会いして、殿下の遊学のことをそれとなく聞いてみないと。
「――そうだよ。以前からその話はあってね。アルバーノがトラバッス王国へ赴いたのも、その交渉と下見も兼ねていたんだ」
殿下の遊学が前から決まっていたなんてびっくりなんですけど。
それでアルバーノお兄様は使者としていらっしゃっていたのね。
もちろん他にも大切なお遣いはあって、殿下の遊学についてはそのうちの一件でしかなかったらしいけれど。
おかしいわ。
嫌だけど頑張って悪夢の詳細を思い出してもそんなことはなかったはずなのに。
どうやら殿下が遊学するのは王妃派と引き離す目的もあるとかどうとか。
要するに、悪夢の中では王妃派の人たちがそれをさせなかったってことだわ。
なのに今の殿下は遊学を望んでいて実現しそう。
ということは王妃様は関係ないってこと?
私と離れたいから遠くに行きたいの?
花束とチョコレートはちょっとしたご機嫌取りってわけ?
それでお手紙もあんなに他人行儀だったのかも。
どうしよう。
トラバッス王国にはお年頃の王女様はいなくても、学院にはそれなりの女生徒がいるはずで、殿下は恋に落ちるかもしれない。
男の人は頭のいい女性よりも、少しお馬鹿な女の子のほうが好きだって蝶子も言ってたわ。
だから勉強なんてしなくてもいいんだって。
殿下だって、すごく可愛くて天才な私よりも、ちょっと可愛くてお馬鹿な子のほうがいいに決まっているわ。
ふ、ふん!
そっちがその気なら、こっちだっておとなしく待っていたりなんてしないんだから。
来月の殿下のお誕生日だってお祝いしてあげない。
ジェネジオに頼んでとっておきのプレゼントを用意していたけれど、渡したりなんてしないんだから。
王宮でのお祝いとは別に、ちょっとしたサプライズパーティーを計画していたのも中止よ。
サラ・トルヴィーニがもし一緒に行くとしたら、勝手にすればいいわ。
私にはエルダやミーラ様、レジーナ様がいるもの。
それに次のお休みには食堂パーティーをするんだから。
楽しいことはいっぱい。夢もいっぱい。
私が勉強をそれなりに頑張っているのは、将来一人で生きていくため。
殿下なんてどうでもいいし、婚約解消したいし、問題なんて何もない。
なのに何でこんなにモヤモヤするの?
そうだわ!
きっと課題がいっぱいあるからね!
家庭教師が来るのは午後からだし、いっそのことエルダたちと一緒に休日の勉強会をするのはどうかしら?
確か、寮には学院の授業の参考になる本がたくさんあるって聞いたし、ミーラ様やレジーナ様を誘ってエルダを訪ねたらきっと楽しいわ。
急だからみんな都合が悪いかしら。
とにかくお手紙を書いてお伺いしてみましょう。
寮には共同の勉強部屋という場所もあるらしいから、突然の訪問でも迷惑にはならないはず。
そりゃ、エルダのお部屋を見てみたい気もするけど、そんないきなりお部屋にお邪魔するのはまだ早いわよね。
それとも寮に訪ねるだけでずうずうしいって思われるかしら。
もしよければルミさんたちも一緒にお勉強してもいいんだけどな。
先輩方もいればなおよし。
課題についてだけでなく、もうすぐあるテスト対策を教えてもらえるかも。
いいことばかりじゃない!
やっぱり、私ってば天才ね。
エルダやミーラ様、レジーナ様にお手紙を書きながら、ふと思い出した。
殿下へのお返事をすっかり忘れていたなんて。
だって、びっくりして心の整理ができなかったんだもの。
でも心の整理なんてする必要はなかったのよ。
殿下は勝手にすればいいんだから。ぷんぷん。
―――拝復 新涼のみぎり、ますますご壮健のこととお慶び申し上げます。
このたびはお心のこもったお手紙と素敵なお品をいただき、ありがとうございました。
本日はお友達と一緒に勉強をする予定でおり、私は変わりなく過ごしております。
一昨日のことはまったくちっとも全然気にしておりませんので、殿下もこれ以上お気になさる必要はございません。
父からも殿下がトラバッス王国へ遊学なさることは伺いました。
慣れぬ土地で何かとご苦労なさるかもしれませんが、殿下の今後のさらなるご発展を願っております。
何卒お身体には十分ご自愛くださいませ。
敬具
ファラーラ・ファッジン
ブラマーニ王国王太子殿下
エヴェラルド・ブラマーニ様―――




