プライド3
「よいよい。皆、顔を上げてくれ」
私だけでなく、お爺ちゃんもフェスタ先生も殿下までも頭を下げると、陛下は明るい声で許しをくださった。
よかった。
頭を下げるのって苦手なのよね。
下げられるのは好きだけど。
そうそう。それで悪夢の中では、王太子殿下の婚約者になったのをいいことに、両陛下以外の人たちに頭を下げることもなかったのよ。
うわー。
今思えば、すごい度胸だわ。
あのポレッティ先輩にですら上から目線で(小さかったから実際は見上げていたけれど)話していたものね。
あら、そういえば悪夢の中ではお爺ちゃんにお会いしたことがなかった気がするわ。
それも当然と言えば当然かも。
空を飛ぶなんて考えもしなかったもの。
でもでも次は古代魔法復活からの魔王復活とか……あ、魔王は復活させてはダメね。
それに透明マントも欲しいわ。
「それで、ファラーラ嬢、先ほどの意見について詳しく聞かせてくれないか?」
「え? あ、はい……」
いっけな~い。私、ファラーラ。
また欲にまみれたことばかり考えて、国王陛下の御前だったことを忘れていたわ。
お父様、にこにこしていないで少しはフォローしてください。
「その……近々戦争がないのなら、空を飛べる技術を無理に隠す必要はないのではないでしょうか? 確かに争いにおいては上手に陣取るのが有利であることが大半ですので、もし空を飛べる部隊を配置できるなら、我が国は圧倒的有利になるでしょう。ですが大勢の人たちが飛べるようになるには、それなりの練習が必要です。そうなると秘密にしておくにはかなりの労力がいるかと思います」
「ふむ。確かにな」
「どうやっても秘密はいつか漏れるものです。道具がヒタニレの木であることはすぐに知れ渡るでしょうし、こちらが懸命に秘匿し、改良したとしても、あっという間に広がってしまいます。それならわざわざそんなことに苦労しなくても、機会を見て空を飛べることを公表してしまうんです。そうすれば各国が勝手に改良してくれるじゃないですか。それを真似たり、もっと改善したりすれば手間が省けます。もちろん、今よりヒタニレの木材が高騰することが予想されますので、各国が有するヒタニレの木材とは別に、一般に流通しているものを先に買い取れるものは買い取っておくんです」
そうすればまた一儲けできるわ。
まあ、今度は私の懐に直接入るわけではないけれど、国が豊かになるのはいいことよ。
それにわざわざ面倒くさい改善とかしなくても、他の人が頑張ってくれるなら後でそれに乗っかればいいと思うのよね。
要するに努力の必要はなし。
いかに楽をして生きるか。
これが私の永遠のテーマね。
「――なるほど。ヒタニレの木が成長するのに少なくとも十年はかかる。その間は諸外国よりも有利ではあるな」
「そうですね。各国もそれぞれヒタニレ林を所有してはおりますが、今までは杖だけでの利用だったために、それほど広くはないですからね。いっそのこと五年ほど秘匿してその間にヒタニレの国有林を増やすという手もありますよ」
あ、有利とかそっち系もあるのね。
うん、まあ国力が強くなるのもいいことよ。
なんて考えていたら、お爺ちゃんが残念そうに首を横に振った。
どうして?
「いや、五年も秘匿するのは難しいな」
「やはり会長は密偵から漏れるとお考えですか?」
「そうではない」
「それでは、ヒタニレの国有林を増やすことで怪しまれる可能性もあるということでしょうか?」
「それも考えられるが……」
「学院長、もったいぶらずに正直におっしゃったらどうですか? 単にご自分が隠しておくのが嫌なのでしょう? 堂々と空を飛びたいとおっしゃればよいではないですか」
「これ、ヒヨッコ。その言い方ではまるでわしが我慢のできぬ子どものようではないか」
「事実でしょう?」
フェスタ先生は本当に酷いわ。
お爺ちゃんの主張は至極真っ当なものじゃない。
隠れて未確認飛行物体にされるよりは、大手を振って空を飛びたいわよ。
手放し運転は危険だけど。
「まあまあ、とにかくファラーラ嬢の言うことはもっともなことである。まだまだ詰めなければならないことは多いが、それは後ほどでよいだろう。それにしてもファラーラ嬢、最近のそなたの噂は耳にしていたが、噂以上でないか? 公爵も、自慢の娘であるな」
「はい。それはもう……本来ならば謙遜すべきなのでしょうが、それも難しいほどできた娘でして……最近は私の健康にまで気遣ってくれるのですよ」
「おお、それは羨ましいな」
待って、待って。本人の前で親馬鹿を発揮しないで。
褒めるのは私のいないところで大いにしてください。
って、それよりも殿下です。
陛下、あなたの息子さんが目の前にいらっしゃるのに、一度も視線を向けていらっしゃらないのではないですか。
気付いてー!
殿下はこんなに寂しそうにされているのに。
お父様も娘自慢は今日はもういいから。
他の日にたっぷりして!
あ、そうだわ。
「あの! 今の意見は殿下と一緒に考えたことでして、ですから――」
「違います。僕は一切関与していません。ファラーラ嬢自身の考えだと思います」
「でも、殿下も――」
「僕は関係していないって言っているだろう!? 嘘はやめてくれ!」
「殿下!?」
何なの? せっかく殿下のことも注目してもらえるようにしたのに。
殿下が怒鳴るなんて初めてのことで、その場から走り出したのにもびっくりして。
だけど殿下は扉の前でぴたりと足を止めて振り返った。
よかった。冷静になってくれたのかしら。
そう思ってほっとしたのもつかの間、殿下は深々と頭を下げられた。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。僕はこれで失礼いたします」
殿下が出ていくまで誰も何もおっしゃらなくて、扉の閉まる音だけが広い室内に響く。
すごく、すごく気まずいんですけど。
何で急に殿下は怒ったの?
訳がわからなくて、とってもとっても悲しくて、涙が込み上げてくる。
もう無理。我慢できない。
私は子どもだもの。だから泣いたって恥ずかしくないんだから。
うわーん!




