王宮3
「ねえ、せっかくこうしてお会いできたのですから、私もご一緒していいかしら?」
「え? いや、悪いが遠慮してくれないかな。今日はファラーラのために時間を空けたんだ」
「そんなあ……」
嫌だ、ちょっと感動してしまったわ。
殿下がまさか断ってくださるなんて。
リベリオ様のことで我が儘を発揮してごめんなさい。
「だけどリベリオも一緒なんだし、ファラーラ様だって気にしないわよね?」
嫌だ、またちょっと感動してしまったわ。
あんなにはっきり断られてもなお空気を読まずに食い下がるなんて。
とはいえ、敵は敵。排除するのみよ。
「トルヴィーニ先輩、今日はずっと楽しみにしていたんです。殿下の婚約者として、初めて王宮に訪れたのですもの。それで、殿下はまだ私の知らない場所を案内してくださるんです」
「あら、私ならエヴェラルド様がご案内なさることができない場所まで案内できるわよ?」
「トルヴィーニ先輩はとても親切な方なんですね。ですが王宮はとっても広いですから、殿下がご案内くださる場所だけでも時間が足りないと思います。色々とお話したいこともたくさんありますから」
本来なら感謝の気持ちだけでも表したり、次の機会になんて言葉を断り文句にするけれど、それさえも惜しいわ。
にこにこ笑顔の下でのこの戦い、負けるわけにはいかないのよ。
「サラ、俺たちは邪魔だよ。どっかの部屋でボードゲームでもしようぜ」
「リベリオは一緒に行くんじゃなかったの?」
「いや……たまたま会って話していただけだよ。じゃあな、エヴェラルド。ファラーラ嬢もまたの機会にゲームでもやろう」
「ああ、それじゃあまた」
「リベリオ様、ありがとうございます」
サラ・トルヴィーニを連れて行ってくださって。
リベリオ様が今日の私たちの目的をご存じだったから助かったわ。
サラ・トルヴィーニは不満そうに振り返ったけれど、心からの笑顔を浮かべて見送る。
すると、恐ろしいことに不敵な笑みが返ってきた。
嫌だ、怖い。
まさか呪いの藁人形でも作る気じゃ?
爪どころか髪の毛一本たりともあなたには渡さないわよ。
何か呪い返しの方法を考えておかないと。
それにしてもあそこでリベリオ様の好意を受け止めていてよかった。
もし殿下と二人きりだったら、すっぽんサラ・トルヴィーニを振り払えたかわからなかったもの。
グッジョブ、私。
「……ごめんね、ファラーラ」
「何のことですか?」
「僕がはっきり断らなかったから。余計な気を使わせてしまったね」
うんん? これはひょっとしなくても、リベリオ様のことも含まれているのかしら。
リベリオ様については私の傲慢さのせいなんですけど。
それにサラ・トルヴィーニには初めにはっきり断ってくださったんだから、気になさる必要はないのに。
本当に真面目な方よね。
「気にしていませんわ。殿下はとてもお優しい方ですもの」
申し訳なさそうにする殿下が何だか可愛くて、胸がキュンとしてしまったわ。
これが萌えね。
美少年の憂い顔は反則だと思うの。
そのせいか、気がついたら以前のように殿下の腕に腕を絡めてしまった。
これではまるで以前のぶら下がりファラーラだわ。
殿下も以前の私を思い出してきっとうんざりなさって……いない。
今までのようにうわべだけの笑顔かと思ったのに、びっくりしたように私を見下ろしていらっしゃって、そのお顔が耳まで赤い。
やーめーてー。
こっちまで赤くなってしまうから。
こんな初々しいカップルみたいなことがしたいわけではないのよ。
今日の目的は空飛ぶお爺ちゃんなの。
「ははは。これはこれは、なんと可愛らしいお二人でしょう。そうですな。可愛らしいのは当然。なんといってもファラーラはまだたったの十二歳ですからな。殿下は当然ご存じですよね?」
「……ええ、もちろんです。ファッジン公爵」
「そうですよね。いくら婚約者とはいえ、節度あるお付き合いをしていただかなければなりませんよね。たとえ殿下が来月のお誕生日を無事にお迎えになって十四歳になられるとはいえ、ファラーラはまだまだ十二歳の子どもですからな。ははは!」
怖い、怖い。いきなり現れたお父様が怖い。
しかも親馬鹿のあまり、不敬罪で今すぐ投獄されるような不穏なことをおっしゃっています。
でも、そうか。
殿下のお誕生日は来月なのね。
日にちはあとで詳しく調べるとして、心にメモをしておこうっと。
それよりも……。
「お父様、どうされたのですか? お仕事の関係でこちらに?」
「いやあ、仕事の合間に偶然時間ができてね。ファラーラが今日は王宮に遊びに来ると言っていたから、ちょっと顔を出してみたんだよ」
「そうですか……」
偶然でないことにベルトロお兄様の騎士の位を賭けてもいいわ。
だけど賭けが成立しないくらいに殿下も護衛たちも嘘だと思っているみたい。
お父様、娘のデート(のふりをした新発明見学)の邪魔をするくらいなら、もう少しお家で過ごす時間を増やしてください。
これ、あとでしわ寄せがきたりしませんよね?
私は(私のために)お父様のお体が心配なんですから。
「では、お父様のお顔をちょっと拝見することができて嬉しかったです。殿下と私はこれで失礼いたしますので、お父様は引き続きお部屋でお仕事を頑張ってくださいね」
「ファラーラ――」
「ごきげんよう、お父様。さあ、殿下。まいりましょう」
「あ、えっと、失礼します」
組んだままの殿下の腕を強引に引っ張ってお父様の横を通り過ぎる。
殿下はお父様に急ぎ挨拶なさってから、私の隣を歩き始めた。
次から次へといったい何なのかしら。
お爺ちゃんの研究室には、これらの罠――邪魔をクリアしないとたどり着けないの?
まさかお爺ちゃんの幻惑魔法か何かで、私たちは今ダンジョンを攻略しているとか?
先ほど出会ったリベリオ様やお父様は偽物だった?
「殿下、まずは学院長などがいらっしゃる魔導士の研究棟を見学してみたいです」
「うん、それでは……」
護衛たちにも怪しまれないように考えていた言葉をようやく言えたわ。
殿下もほっとしたように答えてくださって――と思ったら、その声は途切れてしまった。
不思議に思って殿下の視線を追うと、回廊の向こうから超大規模総回診な一団がやってくる。
って、ちょっと待って。
あれはひょっとしなくても、ラスボス登場!?
王妃陛下がいらっしゃったわ!




