お爺ちゃん1
「――失礼します」
学院長室の扉をノックすれば、中から応答があったので、礼儀正しく挨拶をして入る。
どうやら私が一番最後だったみたいで、殿下とリベリオ様、フェスタ先生にチェーリオお兄様までもいらっしゃった。
学院長はこれぞ魔法使いって感じの白いおひげが長い素敵な老紳士。
お顔はさすがに存じ上げているわ。
学院の正面玄関から食堂に向かう廊下には歴代学院長の肖像画が飾られているから。
それだけではなく、現学院長――魔道士協会会長は特に有名なのよね。
ええっと……何で有名だったかは忘れたけれど、とにかくすごいみたい。
「お待たせいたしました。遅くなりまして申し訳ございません」
「いやいや。女性を待つのは紳士としての楽しみでもあるのだから、気にする必要はない」
私、傲慢だけど目上の方にはちゃんと礼儀正しくすることはできるのよ。
だからお待たせしたことを謝罪したら、学院長は温かな笑顔で素敵な言葉を返してくれた。
フェスタ先生がうんざりってお顔をしているけれど無視よ、無視。
「ありがとうございます」
「こんなに可愛らしいお嬢さんを前にすると、わしもあと二十歳若ければと思わずにはいられないな」
「五十の間違いでしょう? そもそもその思考が間違いですけどね」
私もにっこり笑顔で応えると、学院長はさらに嬉しい言葉をくれた。
それなのにフェスタ先生が無粋にもツッコむ。
学院長は私の緊張をほぐそうとしてくださっているだけなのに。
フェスタ先生はツッコまずにはいられない体質なのかしら。大変ね。
「ブルーノ、お前はいちいち細かいぞ。それに小言が多い。もっと気楽に生きなさい」
「私が気を抜いたら、なぜかいつも面倒なことに巻き込まれるんですよ。実際、今のようにね」
「またまた強がりを言いよって。本当は楽しみなくせに」
「学院長――」
「お爺ちゃんと呼んでくれ」
「学院長、戯言はけっこうですので、本題に入りましょう」
「やーだー。お爺ちゃんと呼んでくれないと言うこと聞かな~い」
「ジジイ、いい加減にしろよ」
え、何? このやり取り。
フェスタ先生と学院長って、そういう関係なの?
祖父と孫ってことだけど。
チェーリオお兄様は楽しそうに笑いを堪えていらっしゃるみたいだから、よくあるやり取りなのかしらね。
だけど殿下とリベリオ様は驚いていらっしゃるみたい。
それは学院長の態度かしら。それともフェスタ先生の態度?
お噂で予想はしていたけれど、学院長はとってもお茶目な方みたい。
以前、杖を購入するときに直談判しようと思ったけれど、そのときには生徒会が動いてくれて必要なかったのよね。
でもこんなに楽しい方ならもっと早くお会いしたかったわ。
「爺さん、ブルーノをからかいたい気持ちはわかりますが、ひとまず話を進めませんか?」
「うむ。それもそうだな」
あら、チェーリオお兄様は学院長とずいぶん親しそうなのね。
フェスタ先生のお爺様だから?
それってみんな知っていることなのかしら? 私が今まで知らなかっただけ?
う~ん。やっぱり自分以外に興味がなかったからか、どうにも世情に疎いのよね。
噂話とかももっと大切にしないと。
そうしていれば、妬みなんかじゃなくて本当に私がどれほどみんなに嫌われていたか気付けたのに。
やっぱり客観性って大事。噂も馬鹿にはできない。
とりあえず今必要なのは噂ではなく事実。
「はい! 少し質問してもよろしいでしょうか!?」
「よし、きた! 何でも訊きたまえ」
「学院長とフェスタ先生はご家族なのですか?」
「正解! わしはこのヒヨッコの偉大なる祖父である」
「偉大とか、自分で言うなよ……」
手を上げていきなり質問しても、学院長はノリノリで答えてくれた。
先生はまたツッコミを入れていらっしゃるけれど、気にしなーい。
気になるのは殿下とリベリオ様がさらに驚いたような表情をされたこと。
ご存じなかったということ?
「はい! それは皆さん、ご存じなのでしょうか!?」
「残念! これは知る人ぞ知ることである」
「では、それを私に教えてくださってもよかったのでしょうか?」
「秘密はまだまだたくさんあるぞ」
「はい! もっと伺いたいです!」
この際だから、聞けるだけ聞いときましょう。
どんな秘密かしら。私、口は堅いですから安心してください。
「それでは条件がある」
「どのような?」
「お嬢さんは友達に〝ファラ〟と呼ばれておるらしいな?」
「はい。エルダが――エルダ・モンタルドさんだけですけど」
「ふむ。では、わしも〝ファラちゃん〟と呼んでよいか?」
「ジジイ、キモいぞ」
「それでは、私は〝お爺ちゃん〟と呼ばせていただいてよろしいでしょうか?」
「君も乗るなよ……」
「大歓迎だ。どこかの偏屈な孫とは違って、ファラちゃんは可愛いな」
「ありがとうございます」
「もう、どうでもいいから話を進めてくれ……」
私が可愛いのは当然で、学院長はこの状況で遊んでいらっしゃるみたい。
これがいわゆる狸ジジイね。
変わり者のご家族がいらっしゃるから、先生はいつもお疲れなんだわ。
だけど私は憧れの〝お爺ちゃん〟ができて嬉しいし、学院長は可愛い孫娘ができてお互い幸せ。
お兄様が何もおっしゃらないのは、笑いを抑えるのに必死だからみたい。
殿下とリベリオ様からは戸惑いがすごく伝わってくるわ。
お二人とももっと楽しまれたらいいのに。
「実はな、こやつのことだが――」
「あ、あの、僕もリベリオもその……秘密を伺ってもよろしいのでしょうか?」
「愚問である。ダメならこの場で話したりなどせぬ」
「すみません……」
殿下もリベリオ様もやっぱりご存じないのね。
というか、王太子殿下相手にその態度ができるのはさすがと言うべきなのかしら。
だけど学院長のお言葉は厳しくても、お顔はとても優しいわ。
「殿下もプローディ君もここ数か月でぐんと成長したようだからな。そろそろ伝えてもよい頃だろう?」
「……私に決定権はありません。学院長がお決めになったことでしたら、陛下もご納得されるでしょう」
「自分のことなのだから意地を張らずともよいのに。私たちはお前の意思を尊重するぞ?」
「特に何もありません」
「この頑固者めが。いい加減、素直にお爺ちゃんと呼んで甘えればよいであろう」
「死んでも嫌です」
先生は本当に意地っぱりなのね。
別に死ななくても〝お爺ちゃん〟って呼んでさしあげればいいのに。減るものでもなし。
って、問題はそこではなくて、殿下たちもご存じなかった家族関係がわかったのに、まださらなる秘密があるんだわ。
「さて、ではこれから話す情報をどう捉えるか、どう使うかはそなたたちに任せる」
「はい」
「かしこまりました」
わくわくする私とは違って、殿下もリベリオ様も緊張していらっしゃるみたい。
まさかこれを知ったら消されるってことはないわよね?
それともスパイに捕まって「吐け」とかって拷問されるとか?
うう。それは怖いけれど、好奇心には勝てない。
さあ、学院長。秘密をどうぞ!




