チェーリオ10
ファラーラは天才だ。
それはわかっていた。
自分なりにちゃんと考えていたなんて。
なるほど。
杖の代わりに箒を媒介として土魔法と風魔法を操るのか。
可能性が見えてきてわくわくしてきたところで、試すのをブルーノが嫌がった。
何がそんなに嫌だというんだ。
それなら私がやると言えば、ファラーラは私の身を心配してくれる。
やはりファラーラは天使だな。
だが、ファラーラが試すのはダメだ。
魔力もまだまだ安定していないし、もし何かあったらどうするんだ。
箒を持って立ち上がったファラーラを止めていると、殿下の言葉にファラーラは傷ついたようだった。
なぜだ? ファラーラは殿下のことが……気に入っていたのではないのか?
「……僕は気付かないうちに何かファラーラを傷つけるようなことをしてしまったかな? それで何か誤解をさせてしまった?」
「い、いえ、ただ……その、殿下とは……私の我が儘で婚約することができたので、殿下にいつか本当に好きな人ができたとき、私が邪魔になってしまうのではないかと……」
「そんなこと――」
なんてことだ。
今回の婚約では自分の我が儘のために成立したとファラーラはずっと自分を責め悩んでいたのか。
なんて健気なんだ。
こんな思いをさせていたとは、まだきちんと殿下は告白されていなかったのだな。
それなのに私が先に聞いてしまうとは、申し訳ないことをした。
だが、さっさとしない殿下が悪い。
早く告白なさるのです、殿下。
今、この場で、私たちの前で。私とブルーノは証人となりましょう。
殿下も急ぎファラーラの言葉を否定しようとなさったとき、ノックの音が響いて中断されてしまった。
「チェーリオ、お前を訪ねてプローディ君が来ているらしい。別室で会うか?」
「いや、プローディ卿さえよければ、こちらに通してくれ。殿下とも久しぶりの再会でいらっしゃるだろう?」
「わかった」
プローディ殿が私に会いたいなどどういったご用件だ?
自分探しの旅で何か珍しい薬草でも見つけられたのだろうか。
せっかくのいいところだったのだから、今この場を離れるなどできるわけがない。
「チェーリオ殿、お久しぶりです。突然すみません」
「いえ、私はファラーラとの貴重な時間を邪魔されて少々悔しいが、かまいませんよ」
殿下の告白を受けて喜ぶファラーラの姿を見守る時間を邪魔されたからには、それなりの理由であるはずだ。
もちろん、たとえファラーラが喜ぼうとも私はこの婚約(仮)をまだ認めないが。
ちらりと殿下を見ると不満そうなお顔をされていた。
感情を隠せないわけではないだろうが、この場では油断されているのだろう。
ファラーラはプローディ殿が現れたことによって、殿下のことは忘れてしまったらしい。
忘れっぽいからな、ファラーラは。
このまま婚約(仮)のことも忘れてしまえばいいのに。
「エヴェラルド、久しぶりだな。……ファラーラ嬢も久しぶりだね。まさか二人がいるとは知らず申し訳ない」
「いや、かまわないよ。何かチェーリオ殿に話があるんだろう? ファラーラ、僕たちは庭でも拝見させてもらおうか?」
「え? あ、はい。リベリオ様、お元気そうで安心しました」
いやいや、それでは殿下の告白を見届けることができないではないか。
少々焦ったが、プローディ殿が殿下とファラーラを引き留められた。
「いや、せっかくだから二人ともいてくれないか? 話を聞いてほしいんだ」
ははは。なぜだろう。嫌な予感がするぞ。
それは殿下も同様なのか、ファラーラの隣に腰を下ろされた。
ですが、あまりに近すぎませんか。
「――今回の旅ではチェーリオ殿にご相談したいことがありまして噂を便りに後を追ったのですが、まさか王都でお会いすることになるとは思いませんでした」
「ああ、それは申し訳ありませんでした。どうしても成果を上げたいことがあり、各地を転々としてしまいましたから。結局、友人のブルーノの手を借りることになってこちらに戻ってきたのです」
「いえ、チェーリオ殿が謝罪なさる必要はございません。私の勝手ですから。ただ私はどうやらタイミングには恵まれていなかったようです。実は途中でベルトロ殿にもお会いしたいと思い立ちまして、赴任地に向かったのですが、あいにく休暇を取得され王都に戻られたところでした」
「ベルトロお兄様にもご用事があったのですか? それは残念でしたね。今はまた赴任地に戻ってしまわれましたもの」
ベル兄さんにまで会おうとされたとは、これは確実だな。
おそらくベル兄さんに思いっきり殴ってもらいたかったのだろう。
痛い、痛いぞ、プローディ殿。精神的に。
「――それで結局、プローディ君はチェーリオにどんな用件があるんだい? わざわざ国中を旅してまでチェーリオを捜していたのだから余程のことなのだろう? 他の治癒師ではダメだったのか?」
ブルーノがしびれを切らしたように問いかけたが、同じように痛いのだろう。
かなり身に覚えがあるだろうからな。
学生時代のブルーノはそれはもう……いや、あまり触れないでおこう。自分にダメージが返ってくる。
「それは……私にもよくわかりませんでした。ですがなぜか、チェーリオ殿にご相談しなければと思ったのです」
目を覚まさせてほしかったのだろう。
親友の婚約者だからな。
だが、私には無理だ。
水が高いところから低いところに流れるように、ファラーラに惹かれるは至極当然のことだからなあ。
ところで殿下、どさくさに紛れてファラーラの手を握っていらっしゃいませんか?
ファラーラ、かまわないから振り払いなさい。
「……初めは気のせいだと思っていたのです。ですがやはり、久しぶりに会って確信しました。私はファラーラ嬢が好きなのだと」
ああ、やはりそうか。それは仕方ないよな。
しかし、この場で告白するのはやりすぎた。
若さゆえの暴走では片づけられないだろう。
いくら親友とはいえ、王太子殿下の婚約者(仮)に懸想したなどと、ご本人を前に口にするべきではない。
「プローディ殿、いったい――」
「お兄様、早く除霊をなさってください!」
「ファラーラ? 何を言って――」
「だって、リベリオ様はやっぱり悪霊に――悪魔に取り憑かれているのでしょう!? 神様仏様イオシ様です!」
「いや、だから――」
「まあ、大変! きっと悪魔祓いに私たちはお邪魔ですね! それではちょっと失礼いたします! フェスタ先生はどうぞお兄様を手伝ってさしあげてください!」
いったいどういうおつもりなのかと問おうとして、今度はファラーラが暴走した。
除霊って何だ?
よくわからないが、プローディ殿の告白を聞いて、悪魔に取り憑かれていると勘違いしたようだ。
そのせいでファラーラは驚くほどの速さで殿下の手を握ったまま、部屋から逃げ出してしまった。
怖い話とか苦手だからな。
殿下と二人きりにするのは心配だが、今回ばかりは大目に見よう。
ここに、抜け殻と化した少年がいるのだ。
おそらく数年後には思い出して死にたくなるほど悶絶するだろう。
だからきちんとブルーノとフォローしておかなければ。
 




