チェーリオ9
殿下から十分ではないが、湖畔でのファラーラの愛らしい様子を伺うことができてよかった。
ファラーラは野生の鳩を愛で、跳ね上がった魚を見てはしゃいでいたらしい。
もっとお話を伺いたかったが、事実だけでなく殿下のそのときのお気持ちも伺ってしまっていたせいか、あまりに時間が経過していることに気付いた。
いくらブルーノが信用できるとはいえ、長時間二人きりにするのはまずい。
ブルーノまで心奪われてしまうかもしれないからな。
ファラーラの愛らしさを語られる殿下は興奮されているのか、顔が赤くなっていらっしゃるので、少し休んでから戻られるよう提案したが、大丈夫だとおっしゃった。
そのためご一緒に急ぎ居間に戻ると、ファラーラもブルーノもほっとした様子だった。
私たちがあまりに遅いから、ファラーラは心配していたようだ。
ファラーラは優しいからな。
ブルーノはうんざりといった表情だが、ひょっとしてもっとファラーラと二人きりでいたかったのか?
それは絶対に許さんぞ。
「それでは話を戻させていただきますね」
「戻すな、忘れなさい」
「今日はお兄様がお元気になさっているのか心配で伺いましたが、問題ないようで安心しました。先生にはお世話になりっぱなしなのにお礼も満足にできず申し訳なく思っております。それなのにさらにずうずうしくも新たにお願いしたいことがあります」
「断る」
「実は私、先日とても素晴らしい案を考えたのです」
「私の授業中にな」
「ですが私にはまだ実力不足で不可能ですが、土魔法と風魔法がお得意なフェスタ先生なら可能だと思います」
「不可能だ」
「先生、合いの手を入れずにちゃんと聞いてください」
「そうだぞ、ブルーノ。ファラーラのお願いなんだから、心して聞けよ」
ちょっと待て、ブルーノ。
お前、ファラーラとずいぶん息が合ってないか?
まるで私と話しているように遠慮がないが、ファラーラは天使だぞ?
それにしてもファラーラも水くさい。
魔法ならブルーノに頼らず、なぜ私を頼らないんだ。
やはりブルーノが教師だからか。
学生はついつい教師なら何でも知っている、できると思ってしまいがちだからな。
「だけどな、ファラーラ。風魔法なら私もブルーノに引けは取らないぞ。土魔法もブルーノほどではないが、得意だしな」
「ですが、お兄様はお忙しいですから」
「私は忙しくないとでも?」
「確かにフェスタ先生は学院で何かとお仕事を任されてお忙しいでしょうが、ファラーラの案を一度は試してみられてはどうでしょうか? とはいえ、僕も技ではまだまだだけど、魔力は十分あるよ?」
「ですが、殿下はお体を大切にしていただきませんと」
「私の体は大切ではないと?」
いやいやいや。ちょっと油断した隙に殿下まで何をアピールしていらっしゃるのですか。
やはり同志とは認めないぞ。
「ファッジン君は私に空も飛べるはずだと言ったんだぞ?」
「え? 空を飛ぶ?」
「ファラーラ、それはいくらなんでも……」
予想外の伏兵に気を取られていると、ブルーノが驚くべきことを口にした。
ファラーラは昔から突拍子もないことをよく言う。
だが、空を飛ぶという発想はなかったな。
「ファラーラ、そもそもどうやって空を飛ぶんだ?」
「それはもちろん、箒に乗ってですわ」
なかなか面白い冗談だと思ったが、どうやらファラーラは本気らしい。
いそいそと部屋の隅へと向かい、そこから細長い何かを持って戻ってきた。
あー、うん。箒だな。
布に包まれているが、どこからどう見ても箒だな。
あれやこれやと殿下とブルーノが抵抗――質問しているが、ここまで用意しているのならファラーラは本当に本気なのだ。
要するに何を言っても無駄なので前向きに考えたほうがいい。
こういう頑固なところも可愛いよなあ。
「そういえば、空を飛ぶ魔獣も辺境の地にはいるようですね」
「ああ、空から攻撃を仕掛けてくるから厄介だとベルトロ兄さんが言っていたな。幸い縄張り意識が強く、あまり巣からは離れないそうだが」
「しかしそれは鳥と同じだ。その個体の特徴として飛べるだけであって、人間という個体は飛べない」
「ですが、飛べない人間はただの人間なんです!」
「その通りだ、ファラーラ」
「ああ。間違いなく君は正しい」
「だけどファラーラは飛べると思うんだよね? この箒のことと合わせてちゃんと話してくれるかな?」
「殿下……」
いやいやいや。ちょっと油断した隙にまた殿下に美味しいところを持っていかれたよ。
別に反対しているわけじゃないんだ、ファラーラ。
このまま殿下に後れを取っている場合ではない。
ちゃんとファラーラの計画を聞いて協力しよう。
「ファラーラ。それで、この箒でどうやって空を飛ぶことができるんだい?」
「おい、チェーリオ。本気かよ」
「お兄様。それはもちろん、みんなでこれから頑張るのです」
うん。意地を張らず素直に頼るところも私は大好きだぞ、ファラーラ。
 




