チェーリオ3
「なぜお前がここにいるかは訊かないでおこう。許可なく入れるわけもなく、許可した人物はわかっているからな。だがどう見ても不審者なんで、今すぐ帰れ」
「ブルーノ、お前はなんて残酷なやつなんだ。私はまだ愛するファラーラの制服姿を見ていないんだぞ?」
「……お前と友人でいることに疑問を感じるよ。とにかくそんなふうにこそこそされても他の生徒に悪影響を与えるからな。ファッジン君の姿を一目見たらさっさと帰れよ?」
「い、いや、だがファラーラに見つかるわけには……」
「ファッジン君は今は実技室にいるはずだから、こっそり見ることができるだろ」
「なぜそんなことをお前が知っているんだよ? まさかファラーラのストーカーか?」
「お前がな」
怪しまれないようにちゃんと魔道士協会のローブを纏って歩いていたのに、ブルーノに見つかり苦情を言われてしまった。
許可も取ったのに何がいけないというんだ。
本当にブルーノは頭が固い。
まあ、世話にはなっているので口には出さないでおこう。
それに学院長やブルーノたちのおかげで、魔力を持った者が学院に侵入すればすぐに察知して排除してくれる。
ファラーラの安全は確保されており、そういう意味では安心できるからな。
もちろん魔力のない者の侵入については護衛たちが排除するはずだ。
問題は物理面ではなく精神面と言うべきか、とにかくファラーラに恋する愚かな男が続出しているに違いない。
そう考えると、殿下との婚約は虫除けにもなるな。
大きなため息を吐いて歩き始めたブルーノに続きながらあれこれ考える。
ブルーノは仕事もあるだろうに、本当に面倒見がいいよな。
学院は久しぶりだが、配置はしっかり覚えているので本来なら私一人でも実技室に行けることはブルーノもわかっているだろうに。
「悪いな、付き合わせて」
「いや、もうさ、お前たちのことは諦めているから気にするな。俺の性分なんだろう。それにこのままお前を一人にするほうが心配だからな」
「そうか。大変だなあ」
「お前のせいでな」
小声で話していたが、この先の角を曲がれば実技室が並ぶためにお互い口を閉じた。
第一実技室は曲がってすぐの場所だ。
そしてできる限りの気配と魔力を抑えて進み、廊下の角を曲がると、ファラーラたち何人かの護衛騎士がいた。
彼らはブルーノであることはわかっていたらしく、私にだけ警戒の眼差しを向けてくる。
うん。頼もしいな。
ローブから顔を見せると、ファラーラの護衛たちは驚き膝をつこうとしたのですぐに手で制した。
それから教室後ろ扉の小さな窓から覗くと、多くの制服姿が見える。
カッと目を見開く私に、ブルーノは落ち着けとでも言うように手を振った。
もちろん騒ぐわけはない。
ファラーラに見つかれば絶対に許してくれないだろう。
だが冷静でいるのは難しい。
多くの制服姿の生徒たちの中でもファラーラはすぐにわかった。
みんな同じ姿なのに、ファラーラだけ光り輝いて見えるからだ。
ファラーラが他の生徒より小柄だからとか、金髪だからなのは関係ない。
やはり天使だからだ。
本当はずっとファラーラの姿を後ろからだけでも見ていたかったが、授業中の教師に見つかってしまったので軽く頭を下げてからその場を去る。
本音を言えば今すぐ駆け寄って抱きしめてお持ち帰りしたいが、一生口をきいてくれない気がするのでどうにか衝動を抑えた。
神よ、試練に耐えた我にご褒美を。
イオシ神ならこの願いをきっと叶えてくれるだろう。
その願いはやはり聞き届けられたらしい。
イチゴの収穫を前にファラーラを招待しようとして、ブルーノから告げられたのだ。
「ファラーラが私に会いたいと言ったのか!?」
「ああ、どこにいるか知らせていなかったんだな」
「そうか、ファラーラは私を心配してくれていたんだな」
「……次の学院の休みの日に来ることになったぞ。殿下もご一緒だ」
「はあ!? 殿下って、エヴェラルド殿下か?」
「それ以外に殿下は今のところいらっしゃらないな」
「なぜ殿下までいらっしゃるんだ? 私とファラーラの感動の再会に水を差すおつもりか? 殿下は明らかにファラーラにご興味を持たれていなかっただろう? まさかそう見せかけて私たちを油断させていらっしゃったのか? それで今回の婚約を成立させたのか!」
「いや、全然違う。単に俺がファッジン君に殿下も誘うように言ったんだよ」
「なん…だと……?」
まさか親友に裏切られるとは。
そりゃ学生時代は多少の羽目を外して迷惑をかけたかもしれない。
課題は毎回写させてもらっていたし、魔法薬学の実験では爆発させたりやら何やらで同じ班だったブルーノにも迷惑をかけた。
あとはまあ、数えきれないくらいあるが、それでもブルーノが困っていたときには何度も助けたぞ。主に女性関係で。
「……あのなあ、一応ここは私の屋敷でお前の存在は世間には公表されていない。そこにファッジン君一人で訪問させるわけにはいかないだろう? 殿下にご一緒していただくのが一番なんだよ」
「なるほど。それなら仕方ないな。では私がファラーラと久しぶりの再会を喜び楽しんでいる間の殿下のお相手は頼むな」
「……本当に噂を聞いていないんだな」
「何が?」
「いや、いい。まあ、とにかく次の休みにちゃんと風呂に入って用意しておけよ」
「わかった。いつもありがとうな、ブルーノ」
噂なんてものはいつでも溢れていて、いちいち気にしてはいられない。
学院の職員用住居に戻っていくブルーノに、礼を言えば振り返りもせずにひらひらと手を振って去っていく。
あれは照れているな。
ブルーノは真面目で面倒見がいいのに、そうでないふりをする。
ほんと、可愛いやつだよな。




