試行錯誤1
「空を飛ぶ? どうやって?」
リベリオ様は信じられないといった様子だったけれど、仕方ないわよね。
それではここはフェスタ先生――いえ、お兄様にご説明いただきましょう。
「お兄様、私よりもお兄様のほうがわかりやすくご説明いただけるかと思いますのでお願いしてもよろしいでしょうか?」
「それはもちろん」
「いや、あれは誰がしても同じだろ?」
「それならお前がするか、ブルーノ?」
「任せる」
即答ですか、そうですか。
それよりもソファに席を移した私たちは先ほどと同じ場所に腰を下ろしたけれど、やっぱり殿下が近いわ。
そういえば殿下も背が伸びたのではないかしら。
こんなに大きかったように思えないけれど、そもそも以前はあまりお傍にいなかったものね。
私がべったり腕に絡みつくことはあっても、今思えばあれは殿下の腰が引けていた気がするもの。
ところで私の成長期はまだかしら。
毎朝あんなに牛乳を飲んでいるのだから、そろそろ結果が出てもいい頃よね。
「そうですね……。今さらご説明するまでもなく、魔法というものは目に見えません。さらに言えば、魔力も感じるものであって、目には見えません。ですが私たちはその存在を確かなものと捉えております。なぜなら、魔法は目に見えなくても結果は見えるからです。たとえば炎魔法でこうして……」
説明を始められたお兄様は、大きな暖炉へと右手人差し指を向けられた。
すると、暖炉に火が熾る。
すごいわ。さすがチェーリオお兄様。
無詠唱で杖も使わず火を灯すことができるなんて。
おっしゃっていることはよくわからないけれど。
似たようなことはフェスタ先生が最初の頃の授業でおっしゃっていたような、そうでないような……。
まあ、要するに結果が大事ってことね。
「魔法の概念についてはこの一年学んできた程度ではありますが、それなりに理解しております。魔法にはまだまだ多くの可能性があることも。ですがそれでも、空を飛ぶというのはあまりにも荒唐無稽に思えます」
あらあら。中二病なリベリオ様にしては頭が固いわね。
ひょっとして悪魔と一緒に中二病まで祓われてしまったとか?
フェスタ先生なんて「当然だろ?」ってドヤ顔をしていらっしゃるわ。
まさか……中二病の治療に幻惑魔法が使われたのでは?
いえ、それは許可が下りていないはず。よね?
「確かにプローディ殿が疑問に思われるのも当然でしょう。私も同様ですから。ただ初めからできないと諦めるのは早計というものではないでしょうか? ファラーラの案である土魔法と風魔法を駆使すれば可能性があるように思えます」
「土魔法と風魔法を?」
「ええ。私たちは火を灯すのに特に意識していませんが、初めてこの魔法を使ったときはどうだったでしょうか? できるまで何度も頭の中でイメージし、それこそ口に出して何度も『炎よ、我が下に』と唱えておりませんでしたか?」
「それはまあ……」
初めて魔法が使えるようになったときの感動は今でも覚えているわ。
何度も『炎よ、我が下に』と言っていたのよね。
「要はイメージするのです。ただ、いきなり空を飛ぶことをイメージしても上手くいくはずがありません。初めはこの地――大地より体を引き離すイメージがよいのではないでしょうか? 飛ぶのではなく、浮くのだと。プローディ殿は泳がれたことはありますか?」
「ええ、それはもちろん」
もちろん? 泳いだことがあるの?
はあああ。いいわよね、男子って。
水遊びのついでに泳いだりできるのだもの。
私たちなんて、せいぜい足に水をつける程度よ。
蝶子の世界のように水着があればいいのだけれど……いえ、さすがにあれは無理ね。
たとえ(ジェネジオが)開発できたとしても、女性たちがあのような姿になるわけがないわ。
私も絶対無理だもの。
だけどもっとこう、何か方法はないかしら。
これは(ジェネジオの)課題ね。
「まだ試したわけではありませんが、あの水の中での浮遊感と同様に、大地に縛られているような感覚から解き放たれたとイメージすれば浮くことができるのではと、考えております」
「しかし、それには膨大な魔力が必要でしょう?」
「そうですね。土魔法の中でも植物関係ではなく、土地に干渉できる力――掘削などの魔法を扱える魔力を持つ者に限られるのではないかと思います。また魔力を増幅させるために杖を使用するわけですが、さらに威力を増すだろうものをファラーラが作らせたのです」
「杖よりも?」
お兄様は私の『ぶわー』をとてもわかりやすく説明してくださっていて尊敬。
そうそう、それが言いたかったのよね。
さらにお兄様は箒をお見せしようとなさってなのか、立ち上がられたのでリベリオ様も立ち上がられた。
これは私も続かないとね。
結局、殿下も先生も立ち上がられて、みんなでチェストに向かう。
といっても、もう見えてはいるけれどね。
「チェーリオ殿、これはいったい……」
そうでしょう、そうでしょう。
ヒタニレの木材で作らせた特注の箒なんだから。
ちょっと得意な気持ちになってリベリオ様を見たら、その視線は箒には向いていなかった。
あら、何を見て驚かれたのかしら。
そう思って視線を辿ると、そこには私からの感謝の気持ち――フェスタ先生とチェーリオお兄様が肩を組まれた肖像画のキラキラうちわが置かれていた。
やっぱり何度見ても素敵だと思うのだけれど、どうしてみんな無言になってしまうのかしらね。
 




