すれ違い1
居間からフェスタ先生が出ていかれて、少し時間が経った頃。
ようやく戻っていらしたときには、リベリオ様もご一緒だった。
久しぶりにお会いするリベリオ様は日に焼けてちょっと大人っぽくなったように見えるわ。
ひょっとして背が伸びたとか?
リベリオ様くらいのご年齢なら、ニョキニョキ伸びたりするのよね。
「チェーリオ殿、お久しぶりです。突然すみません」
「いえ、私はファラーラとの貴重な時間を邪魔されて少々悔しいが、かまいませんよ」
お兄様はリベリオ様のご挨拶に重たく答えられると、私たちのほうをちらりと見た。
私たちのほうが先約だものね。
リベリオ様は少し気まずそうにされてはいらっしゃるけれど、日を改めてなんてことはないのね。
なかなかの強心臓だわ。
「エヴェラルド、久しぶりだな。……ファラーラ嬢も久しぶりだね。まさか二人がいるとは知らず申し訳ない」
「いや、かまわないよ。何かチェーリオ殿に話があるんだろう? ファラーラ、僕たちは庭でも拝見しようか?」
「え? あ、はい。リベリオ様、お元気そうで安心しました」
久しぶりの再会なのに殿下はずいぶんあっさりされていてびっくり。
悪夢の中ではいつもご一緒だったようなのに。
私は慌ててリベリオ様にご挨拶をお返しして、殿下と居間を出ていこうとした。
ああ、大切な箒がテーブルの上に置きっぱなしになっているわ。
だけど何となく居心地悪いこの状況で、箒を持って出るのもおかしいわよね。
そもそも庭に出るのに箒なんて持っていたら、掃除する気満々に見えない?
この私が、掃除だなんてあり得ないものね。
ここは諦めるしかないわ。
そう思ったけれど、リベリオ様に呼び止められてお散歩は中止。
「いや、せっかくだから二人ともいてくれないか? 話を聞いてほしいんだ」
これはまさかの自分語り?
今回の旅での武勇伝かしら。
ミーラ様への賄賂――ではなかった、友情の証に情報を得られるので、少々盛っていても大目にみましょう。
元のソファに腰を下ろすとなぜか殿下がぴったり隣に座られた。
そんなに引っついてスペースを空けなくても、リベリオ様は別の席に腰を下ろされましたけど。
お兄様だけでなく、リベリオ様の視線が気になります。
にやにや笑いのフェスタ先生には目の前にある箒で叩いてもいいでしょうか。
その気配を察知されたのか、フェスタ先生は箒をチェストの上に移動させてしまった。
そのとき執事が新しいお茶を用意して入ってきたから、それを見越してだったのね。
フェスタ先生は読心術もできるのかと思ったのに。
そのままフェスタ先生は私たちにお茶を注いでくださる。
執事は気を利かせてか居間からすぐに出ていき、先生一人でおもてなし。
私はお客様だから手伝わないわ。
「――今回の旅ではチェーリオ殿にご相談したいことがありまして噂を頼りに後を追ったのですが、まさか王都でお会いすることになるとは思いませんでした」
「ああ、それは申し訳ありませんでした。どうしても成果を上げたいことがあり、各地を転々としてしまいましたから。結局、友人のブルーノの手を借りることになってこちらに戻ってきたのです」
「いえ、チェーリオ殿が謝罪なさる必要はございません。私の勝手ですから。ただ私はどうやらタイミングには恵まれていなかったようです。実は途中でベルトロ殿にもお会いしたいと思い立ちまして、赴任地に向かったのですが、あいにく休暇を取得され王都に戻られたところでした」
「ベルトロお兄様にもご用事があったのですか? それは残念でしたね。今はまた赴任地に戻ってしまわれましたもの」
いるわよね。こういうタイミングの悪い人。
わざとかしらと思うようにすれ違うのよね。
蝶子が見ていたドラマや映画でもよくあったわ。
意地悪な恋敵が邪魔をして、ヒロインが待ちぼうけさせられたり、ヒーローに誤解されたりするのよ。
……って、あら?
いえ、気のせいね。
別に悪夢の中の私は殿下とすれ違ったり、誤解されてもいないはず。
サラが何か細工する余地もないほどに私は傲慢で意地悪だったもの。
「――それで結局、プローディ君はチェーリオにどんな用件があるんだい? わざわざ国中を旅してまでチェーリオを捜していたのだから余程のことなのだろう? 他の治癒師ではダメだったのか?」
そうそう。それが重要なのよ。
ついどうでもいいことを考えていたけれど、リベリオ様はいったいチェーリオお兄様に何のご用事なのかしら。
先生のおっしゃる通り、王宮にはお兄様より熟練の治癒師だっているのに。
「それは……」
わくわくしながらリベリオ様のお答えを待ったけれど、言い淀んでしまわれた。
まさかここで次回へ続くってことはないわよね。
「私にもよくわかりませんでした。ですがなぜか、チェーリオ殿にご相談しなければと思ったのです」
わからないのかーい!
って、心の中での誰かがツッコミを入れたけれど、それどころではないわ。
隣に座った殿下が私の手をいきなり握ってきたんだもの。
まさか、ここから手に汗握る展開なの?
それとも心霊現象か何かがリベリオ様の身に起こったの?
実はお兄様はその道では有名な霊能力者か何かで、それで全国行脚されていたとか?
やだ、怖い。えんがちょ。
思わず殿下の手を強く握り返したら、お兄様だけでなくリベリオ様までじっと見つめてきた。
これは私が殿下を励ましてさしあげているのよ。
決して怖いわけではないんだから。
「……初めは気のせいだと思っていたのです。ですがやはり、久しぶりに会って確信しました。私はファラーラ嬢が好きなのだと」




