箒4
「ファッジン君、君のその何でも丸投げする癖はいい加減に直しなさい」
むむ。そんな言い方を殿下の前でなさらなくてもいいのに。
それではまるで私がいつも丸投げしているみたいじゃない。
「フェスタ先生、私は丸投げなんてしておりません。自分の力量をよく知ったうえで、無駄に時間(と労力)を浪費しないために力ある方に協力をお願いしているのです。適材適所、見極めが大切ですわ」
「さすがファラーラだ! そうだよな。一人で悩むより皆で悩んだほうが答えも見つかるだろう」
「そうだね。なぜ箒なのかはわからないけれど、杖ではなくこれほどに大きなヒタニレの木材で作った箒なら、威力も増すかもしれない」
「むしろ暴走しないか? ヒタニレの大きさで威力が増すなら、先人がもっと大きな杖を作っただろう」
お兄様は当然のことながら、殿下も賛同してくださったのに、フェスタ先生は相変わらず細かいわ。
細かい男性は嫌われるのよ。だから恋人にも振られたのではないかしら。
「杖の大きさについてはひとまず置きましょう」
「置くなよ。一番大切だろう」
「私もまったく考えていないわけではないのです。風魔法と土魔法を駆使すれば宙に浮くことができるだろうところまでは考えました」
「だからどうやって?」
「それは……なんて言うか、こう……土魔法でぶわーっと浮いて、風魔法でびゅーんっと飛ぶんです」
「確かに、風魔法なら何となくわかるがなぜ土魔法なんだ?」
「いや『びゅーん』でわかるのかよ」
フェスタ先生の質問にはあまり上手く答えられなかったけれど、お兄様には何となく伝わったみたい。
さすがお兄様ね。先生はたぶん想像力が足りないのよ。
わからないなら少しはご自分で考えてほしいわ。
「発想を変えるのです。私たちは飛べないわけではなく大地に縛られているだけなのだと。要するに、土魔法によって大地からの解放を願えば、ぶわーっと浮くことができると思います」
「なるほど。確かに逆転の発想だね」
「うむ。やはりファラーラは天才だな」
「いやいやいや、おかしいだろ。二人ともどうやったら理解できるんだ? 『ぶわー』で『びゅーん』だぞ? 間違いなく失敗するだろ、それ」
「フェスタ先生〝失敗は成功の母〟です! 失敗を恐れていては何も生まれません! 私たちが今扱える魔法は全て先人の汗と努力と涙の結晶なのです!」
「だからその結晶が杖だろう? そもそも新しい魔法は魔導士たちが日夜研究しているのだから、私たちでなく学園長に頼めばいい。魔導士で協力したがる奴らは大勢いるはずなんだから」
「そんな、学園長はかなりご高齢なんですよ? 何かあっては大変ではないですか」
「私に何かあっても大変だとは思わないのか? それに学園長ご本人が実践されるわけではないぞ」
「わかりました……」
「納得してくれたか」
フェスタ先生は私の言葉にほっと安堵されたけれど甘いわ。
私、往生際が悪いタイプですから。
「フェスタ先生にこれ以上無理強いすることはできませんし、お兄様も治癒師として将来にわたって多くの人々を救われるでしょう。殿下がどれほど大切なお方かは言うまでもありません。それならば私がやってみせます!」
「何を言うんだ、ファラーラ! お前に比べれば、私のこの体など何の価値もない!」
「ダメだよ! ファラーラは僕にとって大切な人なんだから!」
「でもそれは今だけです! だって殿下は――」
箒を持って立ち上がった私をお兄様や殿下が止める。
まるで箒の奪い合いのようになってしまったけれど、もちろん予定通り。
だけど名女優としてつい熱が入りすぎた私は、自分が口にしかけた言葉に気付いてはっと口をつぐんだ。
だって殿下は――私を捨ててサラ・トルヴィーニを選ばれるでしょう? なんて言えない。
それは未来の話で、しかもまだ決まってはいないことよね?
「……僕は気付かないうちに何かファラーラを傷つけるようなことをしてしまったかな? それで何か誤解をさせてしまった?」
「い、いえ、ただ……」
私の言葉に反応して、殿下が悲しそうに問いかけてきた。
何か、何か言って誤魔化さないと、夢で未来を見たなんて言えない。
いつもなら適当に言葉が出てくるのに。
そもそもどうしてこんなときに限ってフェスタ先生は何も言わないの?
そう思ってフェスタ先生をちらりと見ると、楽しそうににやにや笑っているなんて!
飛ばしてやる。絶対に飛ばしてやるわ。
三階くらいの窓から箒と一緒に突き飛ばしてやるんだから。
フェスタ先生への恨みを募らせると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
そうよ。焦ることはないのよ。
ええっと、ええっと。
「その、殿下とは……私の我が儘で婚約することができたので、殿下にいつか本当に好きな人ができたとき、私が邪魔になってしまうのではないかと……」
「そんなこと――」
真面目な殿下ならこれで誤魔化せるわ。
なぜか涙ぐんでいるお兄様もフェスタ先生の冷めた視線も気にしない。
小悪魔ファラーラの登場よ。ふふふ。
私の言葉を殿下が否定されようとしたとき、ノックの音が響いて中断。
王太子殿下をお客様にお迎えしていて、執事が邪魔に入るなんてよほどのことが起きたんだわ。
何かしらと応対するフェスタ先生を観察。
先生はちょっと驚いた表情をなされて、ちらりとこちらを見た。
何? 何なの? 事件のにおいがするわ。
名探偵ファラーラ・ファッジンの出番かしら?
「チェーリオ、お前を訪ねてプローディ君が来ているらしい。別室で会うか?」
「いや、プローディ卿さえよければ、こちらに通してくれ。殿下とも久しぶりの再会でいらっしゃるだろう?」
「わかった」
あら、お兄様にお客様だったのね。って、プローディ卿ってリベリオ様じゃない!
殿下ではなくチェーリオお兄様に会いにいらしたの?
思わず殿下を見ると、美しいお顔をしかめていらした。
ひょっとしてケンカ別れしていたのかしら。
これはもう見届けるしかないわね。
そしてミーラ様へのお土産話にするのよ!




