食堂3
「あら、マリーお姉様? ひょっとして、ファラーラ様にご挨拶されていたの?」
「ミーラ……」
あら、ミーラ様のお知り合いかしら?
マリーお姉様と呼ばれた先輩とそのお友達は顔色を悪くしていた。
そのうちの一人がごくりと唾を飲み込んで、ミーラ様をおそるおそる見る。
首がぎぎぎって音がしそうだわ。
油でも挿したほうがいいんじゃないかしら。
「ミーラさん、この……こちらはお友達?」
「はい。ココ様、お久しぶりでございます。こちらは私のお友達のファラーラ・ファッジン様。先日、王太子殿下と婚約された方ですわ」
ミーラさんが誇らしげに紹介してくださると、先輩方が息を呑んだ。
そうでしょう、そうでしょう。
だって私はファラーラ・ファッジンだもの。
この学園を退学するのはあなた方のほうよ!
と、言いたいのは我慢して。
謙虚よ、謙虚。
さあ、私。頑張って謙虚に振る舞うのよ。
「先輩方、名乗るのが遅くなり申し訳ございませんでした。改めまして、私はファッジン公爵の娘、ファラーラ・ファッジンと申します。こちらは友人のエルダ・モンタルド嬢。先輩方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
はい、ここで笑顔よ。
にこって。ほら、ファラーラ。
あなたは顔だけは愛らしいんだから。
そう自分に言い聞かせ、にっこり笑う。
すると、先輩方は「ひいぃ」って悲鳴を飲み込んで、一歩後ろに下がった。
傷つくんですけど。
「マリーお姉様?」
先輩方の態度を不思議に思ったらしく、ミーラ様が首を傾げる。
そうだわ。私ってばうっかり聞き逃していたけれど、ミーラ様は私のことをお友達って紹介してくれたわ!
……まあ、それ以外に言い様がないんだけれど。
あ、でも同級生でもよかったわけよね。
単純なのはわかっているけれどちょっと嬉しくなってしまう。
「ファラーラ様、こちらは私の従姉のストラキオ伯爵令嬢のマリー様、こちらはご友人のアルニー子爵令嬢のココ様、こちらは……」
先輩方がいつまでたっても名乗らないからなのか、ミーラ様が紹介をしてくれた。
だけどもう一人、私の記憶にぼんやりある方の名前はご存じないみたい。
そのせいで先輩は少し苛立った様子で名乗った。
「サラよ。私はサラ・トルヴィーニ。父はトルヴィーニ伯爵よ」
まさかのサラ・トルヴィーニだったー!
嘘でしょう!?
だって、私の記憶――悪夢での記憶では私が婚約解消されてから大して時間を置かず、殿下と婚約した方よ。
その時の私の印象では〝ただ笑っているだけしか能のない女〟だったはず。
ええ? ちっとも笑ってないんですけど。
やっぱりあれはただの夢だったのかしら。
それともこれが夢?
むしろ私は蝶子?
わからない……けど、まあいいわ。
悩んでいても仕方ないし、今を生きればいいのよ。
このサラ・トルヴィーニは性格悪そうだから、本当に殿下を奪われるかもしれない。
うん。どうぞ、どうぞ。お好きにどうぞ。
殿下はきっと素敵な方でしょうよ。
坊やだけどね!
「それでは、自己紹介が終わったところで、食事にさせていただいてよろしいでしょうか? せっかく美味しそうなのに、これ以上冷めてしまっては料理人に申し訳ないもの」
「え、ええ……」
「お邪魔して悪かったわ」
「……ごきげんよう、ファラーラ様」
「ミーラ、またあとでね」
「え? ええ、マリーお姉様」
このまま突っ立っていても埒が明かないし、お料理は冷めるし、私のお腹は唸るしで、茶番を終わらせた。
ほっとした様子の先輩方の一人、ミーラ様の従姉のマリーさんは「後で説明しなさいよ」的な言葉を残して去っていく。
ミーラ様は訳がわからない様子。
それはそうよね。
あと、サラ・トルヴィーニ。
私は名前で呼ぶことを許していないわよ。
私、根に持つタイプですから。




