ミーラ1
「いいかい、ミーラ。これからはファッジン公爵家のファラーラ嬢と仲良くなりなさい」
「私、いやです、お父様。ファラーラ様はいっつもいばってて、すごく意地悪なんです。この前だって私のドレスの色が変だって笑ったんですよ?」
「これは本家のおじい様からのご命令だからね。逆らってはいけないよ」
「おじい様の?」
「ああ。ファラーラ嬢が意地悪なことは有名だから、お前はつらい思いをするかもしれない。だけど頑張っておくれ。そして色々な話を父様に聞かせてくれないか? ファラーラ嬢が何を言っていたか、どんな意地悪をしていたかをね」
「……わかりました」
お父様からそう命じられたのは私が十歳のとき。
本当はすごく嫌だったけど、お父様に喜んでほしくて頑張ったのよね。
おしゃべりは大好きだったけど、今までのお父様は私の話をちゃんと聞いてくれなかった。
それがファラーラ様のお話になると真剣に聞いてくれたから。
だからファラーラ様の意地悪にいっしょうけんめい耐えて、いつもそばにいるようにしていたの。
ファラーラ様が言うことは絶対。
気に入らない子への意地悪にも率先して真似をして、新しいお茶がほしいと言えばすぐにメイドに命令して。
だけどある日気付いたのよね。
ファラーラ様といつも一緒にいる私の言うことにはみんな従ってくれるって。
私よりも身分の高い子爵令嬢や伯爵令嬢まで私に遠慮するのよ。
何これ、気持ちいい!
ただ、地方領主の娘でしかないレジーナ・タレンギがファラーラ様のお傍にぴったり引っ付くようになったときは腹立ったわ。
あの子の目的は私とは違ったみたいだけれど、そのうち友情が芽生えたのよね。
だってやっぱりファラーラ様のお傍にいるってことは、あの我が儘を一番に受けなければいけないってことで。
ファラーラ様が王太子殿下の婚約者になったときには、レジーナ様と喜びもしたけれど不安でもあった。
一生、この方のお傍で我が儘を聞いていないといけないのかって。
お父様も喜んでくださると思ったのに、ちょっと悲しそうなお顔になって、それでも「これからも頑張るんだぞ」って励ましてくださったから、頑張れるわ。
そう決意した婚約発表の次の日のお茶会。
本来なら私やレジーナ様は招待されるような身分ではない格式高いお茶会だったのだけれど、ファラーラ様のおまけとして参加させてもらったのよね。
そこで驚くべきことに、ファラーラ様が……あのファラーラ様がお礼を述べられ、さらには『――殿下の婚約者として恥ずかしくないよう、これからも一層努力を続けてまいりますので、皆様、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします』とおっしゃったのよ!
みんな――主催者の伯爵夫人やいつもはマナーにうるさいご婦人たちまで、ぽかーんって口を開けていらっしゃったわ。
ファラーラ様はよほど母君の公爵夫人に強く言い含められたんだと思う。
この日一日はずっとファラーラ様が謙虚で……って、そう。謙虚ってファラーラ様の真逆にある言葉よ。
その日の噂はあっという間に広まったらしくて、帰宅したお父様から訊ねられたくらい。
ちなみに私は驚きすぎてしまったのか、夜に熱を出してしまった。
このお茶会を皮切りに、ファラーラ様には世にも奇妙な噂が広まるようになったのよね。
華やかな場が大好きだったファラーラ様がお茶会や子供の出席が許されている晩餐会などを欠席されているって。
出席されても謙虚におとなしくされているって。
怖いわ。
さらには家庭教師を三人も雇ってご自宅でお勉強に精を出されているって。
あれだけお勉強が大嫌いだったファラーラ様がよ?
お母様とお話してきっと嘘だろうと結論に至ったのよね。
王太子殿下の婚約者としてそれっぽい噂をファラーラ様が流されているのだろうって。
そしていよいよ、学園への入学。
これから三年間、毎日のようにファラーラ様に従わないとダメなのかとちょっとうんざりしていたら、まさかファラーラ様が制服で登校されていたのよ!
ひょっとしてファラーラ様は制服が自由着用だとご存じないのかも。
これは由々しき事態。
ファラーラ様だけには恥をかかせられないと、私は急ぎ風魔法で家に連絡して制服の手配をお願いしたわ。
だけど遅かった……。
担任教師が制服をお召しになったファラーラ様を一般生徒と勘違いしたのか、職員室に呼び出したのよ。
これは断固抗議すべき案件!
「ファラーラ様、どうしてファラーラ様が職員室にいらっしゃらなければならないのかしら?」
「そうよ。この人はともかく……まさか、ファラーラ様が制服なんてお召しになっていらっしゃるから、知り合いか何かと間違われたのではないですか?」
ああ、ダメよ。レジーナ様。
そこは指摘してはダメだったのよ。
急ぎフォローしなければ、ファラーラ様が制服の必要がなかったと気付かれてしまうわ。
「あの教師、ファラーラ様がどういう方かも知らないなんて、信じられないわ!」
「ファラーラ様、職員室になどいらっしゃる必要はありません。私たちとお食事にしましょう?」
「ミーラ様、レジーナ様、やはり私は職員室にまいりますわ。先生に呼び出されたのですもの。規律を守るのも学園生としての義務でしょう? さあ、エルダ。行きましょう」
「は、はい」
う、嘘でしょう……。
ファラーラ様は今「規律を守る」とおっしゃった?
平民の子と職員室へ向かうファラーラ様を、レジーナ様と呆然と見送ることになったのも仕方ないと思うの。
あの方は本当に私の知っているファラーラ様なの?




