油断大敵2
シアラに今日の放課後、ジェネジオを呼び出しておくように言いつけて登校した私は、すっかり油断していたのよね。
忘れていたなんて、何たる不覚!
昨日と同じように学舎内に入ってファンの皆さんに挨拶をしたら、「くす」って笑い声が聞こえたのよ。
私、都合の悪いことは聞きませんけど、耳はとてもいいの。
そして今笑ったのはサラ・トルヴィーニの声だってすぐにわかったんだから。
黄色い声援を受けながらも正確にサラ・トルヴィーニの居場所を特定してみれば、やっぱりいたわ。
その馬鹿にした笑いをしていられるのも今のうちだけよ。
あなたが体調を崩して田舎で療養している(って言い訳を使ってサボっている)間に、学園は変わったんですからね。
キラキラうちわを笑う者は、キラキラうちわに泣くのよ。
「まあ! トルヴィーニ先輩! お久しぶりです。もうお加減はよろしいのですか?」
「――ええ。もうすっかりよくなったわ」
「私もすっかりよくなったので、お気になさらないでくださいね。バラの棘で私が怪我をしたことはトルヴィーニ先輩のせいではありませんもの!」
先手必勝。
ここにいる皆様によく思い出してもらいましょう。
「まあ、なんてお優しいの! さすがファラーラ様ですわ。ただやはりあの事故は私の責任です。あまりに美しいバラでしたのでファラーラ様にぜひにと思ったのですが、庭師がミスをして棘を取り除き忘れるなんて。それでも私がきちんと確認するべきだったのです。本当に申し訳ありませんでした」
そう言ってサラ・トルヴィーニは頭を深く下げた。
そのことによってみんなちょっと同情的になったわ。
さすがやるわね。
ところで、そのミスをした庭師はチェーリオお兄様の下で働いているのですけど。
毒を持つ草花にも詳しくて解毒剤を作るのにとっても役立っていると手紙で教えてくれたわ。
トルヴィーニ家は惜しい人材を手放したわね。
って、あら?
毒草に詳しいって怖くない?
それとも庭師としては普通なの?
一度、チェーリオお兄様のもとへ陣中見舞いに行きましょうか。面倒くさいけど。
「もう、トルヴィーニ先輩ってば、お気になさらないでくださいって申しておりますのに、謝罪はよしてください。それよりもキラキラうちわのことをお聞きになりました? こちらをご購入されると、慈善事業へ寄付されることになるのですよ。リベリオ様のうちわもございますし、一枚……あ、もしよろしければ殿下のうちわも一枚ご購入されてはどうでしょう?」
そして私にマージンを払うのよ。
にっこり笑ってお勧めすれば、サラ・トルヴィーニもにっこり笑顔を返してきた。
やだ、怖い。
「殿下の肖像画なら、幼い日に一緒に描いてもらったものが我が家にございますから。それに慈善事業に寄付をするのなら直接いたしますわ。わざわざテノン商会に一部支払う必要はありませんもの」
ぐぬぬぬ。
なんて正論。しかもチビッ子殿下の肖像画があるなんて。
でも負けないわ。
私なんて、殿下のキラキラうちわを五枚(試作品含む)持っているもの。
それに婚約者として、今の殿下のちゃんとした肖像画だって王家から贈られているのよ。
「そうでしたね。皆様、憧れの気持ちを直接口には出せない乙女心をうちわで表していらっしゃるのですけれど、トルヴィーニ先輩には必要ございませんものね。リベリオ様とは普段から仲良くされていらっしゃるのですから」
「リベリオとはただの友達よ」
「まあ、それが本当ならきっと喜ぶ方はたくさんいらっしゃいますわ。リベリオ様のうちわを購入された方も多くいらっしゃるようですもの。トルヴィーニ先輩も乙女心がわかるようになられるとよろしいですわね?」
さあ、何か言うことがあればどうぞ?
にっこり笑顔を崩さないままサラ・トルヴィーニを見つめれば、石になってしまいそうなほど一瞬きつく睨まれてからまた笑顔が返ってきた。
やだ、今の本気で怖いんですけど。
「ファラーラ様はまだ婚約されたばかりで、喜びでいっぱいなのでしょうね。見ていて微笑ましいわ。ただご結婚までは五年――いえ、六年ね。どうかそのお気持ちが続くとよろしいですわね? それではごきげんよう、ファラーラ様」
「え、ええ。ごきげんよう、トルヴィーニ先輩」
今のはただの偶然? それとも警告?
わからないわ。
ただわかるのは、サラ・トルヴィーニに睨まれたら石になってしまいそうなほど怖かったってこと。
または蛇に睨まれたカエルかも。ケロケロ。
どことなくサラ・トルヴィーニは以前と雰囲気が変わったような気がするわ。
滝修行でもしてきたとか?
とにかく油断大敵。
今のはちょっと調子に乗ってた私への戒めにもなったわ。
気をつけないと。




