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蝶子12

 

「この人たちのその後の調査をしてほしいの」

「……あの二人はいいのか?」

「私が依頼するまでもなく、もうしているでしょう? 教えてくれるだけでいいわ」

「ふ~ん」



 相上は私が渡したリスト――といっても名前と在籍していたクラス名を書いただけの一枚きりの用紙を見ながら馬鹿にしたように答えた。

 その態度に苛々するけれど、ここで文句を言ったら負けな気がするわ。



「これが、あんたがイジメた記憶がある生徒?」

「いいえ。卒業アルバムを見てそのまま進学しなかった子たちの名前を挙げただけよ。だから単に外部受験しただけの子もいると思うわ。咲良たちについてはみんな大学まで進学したんだから、特に責任を取る必要はないわよね」

「何? ひょっとして何かあったら責任でも取るつもりなのか?」

「わからないわよ。何なの? お説教の次は慈善事業でもしろって言うの?」

「いや、別に。この間のは悪かったよ」

「……は?」

「言い過ぎた。俺が踏み込むべきじゃないとこまで踏み込んだのは悪かったと思う。こうして真面目にリストを持ってくるあたり、考えていたよりあんたは悪い人間じゃないんだろうな。馬鹿だけど」

「はあ!?」



 本当に何なの? 急に謝ったと思ったら、結局は馬鹿にするの?

 腹立つ。マジで腹立つ。



「そんな怒るなよ。事実だろ? あんた、危機感なさすぎ。前回あんなふうに言われてもう一度会おうと思うだけでもおかしいのに、また一人で来るか? せめて弟くらい連れて来いよ」

「それは……」



 確かにその通りなんだけど、雄大には言っても反対されるだけだもの。

 だからといって、頼める友達なんていないし。



「別にどうでもいいでしょう? とにかく、その〝相上紗良〟って子はあなたの妹か何かなの? それであんなに怒っていたの?」

「……従妹だよ」

「やっぱり関係あったのね」

「ああ。まさか紗良の人生を狂わせたやつがのこのこやってくるとは思わなかったよ」

「人生を……狂わせた?」



 その言葉にドキリとする。

 私は咲良の人生を狂わせたとまでは思わない。

 傷つけたとは思うけど、今はもうお互い様よ。

 だけど、集合写真の右上に一人で載っていた相上紗良については何も知らない。

 三年になってから――正確には無視に飽きた中二の中頃からはほとんど記憶にないもの。



「その……どうなったの?」

「――死んだよ」

「え……」



 嘘でしょう? だって、そんな話は聞いていないわ。

 いくら何でも学生時代だったら噂くらいにはなるはずだもの。

 それとも大人になってから?


 何て答えればいいのかわからなくて、ただ頭の中をぐるぐる言葉が回っているだけ。

 それなのに相上はいきなり笑いだした。



「嘘だよ」

「は……はあ!? 何なのそれ! 言っていいことと悪いことがあるでしょう!? もう、いいわ」



 信じられない。

 いくら私だってそれぐらいの善悪はつくわよ。

 勝ち負けなんて関係ない。

 この男は関わるだけ無駄。

 そう思ったのに、相上は立ち上がった私の腕を摑んで引き止める。



「いや、マジで悪かった。すまない。ごめん」

「放してくださらない? あなたのような最低な人となんて話す価値もないわ」

「お互い最低ってことだな」

「はあ? 一緒にしないでくれる?」

「まあ、とにかく座れって。これから話すことは金もいらねえから」



 座れも何も腕を放してくれないことには動けないわ。

 その考えが伝わったのか、相上はぱっと手を放した。

 ここで素直に座る私は言われたとおりやっぱり馬鹿だなと思う。


 ただ相上が摑んでいたはずの腕が全然痛くないから。

 以前、誠実さんに腕を摑まれたときには次の日も痛かったことをなぜか思い出したのよね。



「紗良は三年になってからもっと酷いイジメを受けるようになって不登校になったんだよ。それで結局退学して地元の公立中に編入したけど、今さら登校なんてできねえだろ? そのまま高校も行かず引きこもり。父親は――俺の叔父さんは紗良ではなく叔母さんを責め続けて離婚」

「り、離婚?」

「ああ。まあ、世間ではよくある話だろ? 離婚に関してはあんたのせいでも紗良のせいでもねえ。夫婦の問題だ。叔父さんは面倒くさいことから逃げたんだよ」

「でもそのきっかけは……」

「自分だって責めるよな? 紗良はそれで鬱状態になって……。まあ、環境変えるために俺が無理やり連れ出したんだよ」

「家から?」

「日本から」



 予想外の展開に驚いたら、相上が噴き出した。

 だけど先ほどの嫌な笑いとは違うみたい。



「俺さ、当時は海外教に入っててさ、紗良もそれで変われると思ったんだよ」

「海外協力隊は未成年じゃ無理でしょう?」

「違う違う。それじゃなくて、日本なんてろくでもない、世界は広い。海外最高! とかって日本を馬鹿にして諸外国が素晴らしいところだって思い込むこと。要するに、海外在住の俺かっこいい。って、イキってたんだよ」

「今もじゃないの?」

「きついな」



 冷ややかに指摘すれば、相上はまた笑う。

 その笑顔はほんと子供みたい。

 誠実さんのようなスマートさや関藤さんのようなデキる男の雰囲気はないけど、人生楽しんでますって感じで見ていて楽しくなる。

 って、何を考えてるの、私!



「まあ、紗良に海外生活は合わなかったようだが、逆に日本の素晴らしさに気付いたってさ。今は東北の山ん中でなんか伝統文化守るって頑張ってるよ。だから正確には狂わせたってより、変えたって言うべきだったな」

「そ、そう……」



 山の中での生活なんて想像できないけど、とにかく相上紗良が無事でよかったわ。

 ほっと息を吐くと、相上がにやにやしていた。

 やっぱり腹立つわ。



「最近の紗良はよく言ってるよ。自分は一度死んで生まれ変わったんだってさ。あのままあの学校にいて、親の決めたレールに乗って大学卒業して結婚しててもつまらない人生だったって。父親のことは嫌いだったし、せいせいしてるんだと。俺に海外で生活させられた時もしんどくて日本に帰りたかったけど、今はいい思い出になってるって。要するに当時の俺は紗良に救いの手を差し伸べたつもりになってたけど、ただの迷惑でしかなかったってわけ。だけどそれさえも今の紗良の一部らしい。何がいいかなんて、ほんとよくわからねえよな」

「結局、私はあなたが何を言いたいのかよくわからないわ」

「だから言っただろ? この前は言い過ぎたって。俺が干渉すべき問題でもなかったけど、たまたまあんたが依頼予約してきて、どうかしてしまったんだろうな。ほんと偶然だけど、あんたの話は紗良からよく聞いていたから」

「恨み言?」

「いや、ショックで悲しかったってさ。小学校のときから密かに憧れていた〝蝶子様〟に無視されるようになって、何がいけなかったんだろうって、ずっと悩んでた。中三のときの酷いやつらよりもそればっかり気にしてたんだよ」

「憧れて……」



 私は何が原因で相上紗良を無視するようになったかも覚えていないのに。

 急激に過去の自分が恥ずかしくなってくる。



「送るよ」

「え?」

「この依頼はとりあえず受ける。金額はネットに書いてあったとおりな。報告はメールでするから、もうここには来るなよ」

「ど、どうして?」

「あんま治安のいい場所じゃないからな。昼間でも危ないときあるし、あんたみたいなカモがネギしょって歩いているようなのはここに来るべきじゃねえからな。駅まで送る」



 そう言って、相上は私のブランドのロゴが大きく入ったバッグを持ち上げた。

 慌てて受け取ろうとしたけど、駅までは自分が持つと言って返してはくれなかった。

 急に紳士みたいになってどうしたのかしら?



「じゃあ、気をつけて帰れよ。あと負けず嫌いな性格もいいが、危機管理はちゃんとしろよ」

「よ、余計なお世話よ」



 駅に着いてバッグを返してくれながら、相上が優しく接してくるから戸惑ってしまう。

 それで素直に答えられない私に、相上はにやりと笑った。

 なんでこんな意地悪な笑顔に胸がどきどきするの?


 やっぱり腹が立つからバッグを受け取るとお礼も言わず改札を抜けて階段を駆け上がる。

 だけど途中でちらりと振り返ると、相上はまだそこにいて手を振ってきた。

 何なの? 本当に意味がわからないわ。


 ホームに着いて、それから前金っていうやつを払ってないことに気付いて、スマホを取り出した。

 前金をどうしたらいいか訊くだけよ。

 そう思ってスマホ画面を見たら新着メッセージが何件か。


 どうせまた広告でしょ、と消去しようとして手が止まる。

 一件は関藤さんからのものだった。

 内容は、食事のお誘い。




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― 新着の感想 ―
[一言] 私立に入るんだから、金持ちだろうけど、 嘘じゃなく人生狂ってる人いても良さそう
[一言] >考えていたよりあんたは悪い人間じゃないんだろうな。馬鹿だけど 正確に蝶子様を表してますね
[一言] これは…どうすんだろ? 誘いに敢えて乗ってみるのもまた一興…(笑) 相上さんは従兄だったかー。 でもやっぱいい人っぽいねー。
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