うちわ1
違う。そうじゃない。そうじゃなかったのよ。
私の目指したものは好きの気持ちを憧れの人たちに伝えること。
それがキラキラうちわであって、私の不労所得にもなって、国外悠々自適生活を送る予定なのに。
なぜこんなことに……。
「ファラーラ様、さすがですわ。こんなにも皆様がファラーラ様を応援なさるなんて」
「ええ、本当に。ファラーラ様と殿下は素敵なお二人ですものね! それなのに学園ではめったにご一緒にいらっしゃらないのが残念ですわ」
「お二人ともご立派な方ですから、公私混同されないのですわ、きっと」
「……レジーナ様ミーラ様、そろそろ教室へ行きましょうか?」
「ええ、そうですね」
馬車から降りればたまたまミーラ様と鉢合わせて、それから学舎内に入れば今度はレジーナ様とお会いした。
というより、レジーナ様は私を待っていたみたい。
しかもキラキラうちわを持って。
いいえ、それはまあいいのよ。よくないけど。
問題はレジーナ様以外にも多くの女生徒が――ほとんどが一般生徒ね――が私のキラキラうちわを持って集まっていたこと。
しかも他の生徒の邪魔にならないような場所に綺麗に整列しているのよ。
何これ、出待ちですか。
さらには皆さんのほとんどが私のうちわと一緒に殿下のものまで持っているのよ。
私と殿下、二人一緒に応援されるなんて。
これではまるで婚約祝賀パレード(一人だけど)じゃない。
少し怯んでしまったけれど、恐れずにこの茨道――ではなかった、花道を進んでみせるわ!
そう思って一歩前に踏み出した瞬間、私のちょっとだけ後ろにいたレジーナ様がすうっと息を吸われた。
何? どうしたの?
「――せえの!」
「おはようございます、ファラーラ様!」
「お…はようございます、皆様」
ええ? レジーナ様がまさかのファンクラブ会長?
こんなに皆さんが綺麗に整列しているのは、レジーナ様が仕切られたとかではないわよね?
私の中の可憐でか弱いレジーナ様のイメージが……。
驚きつつも一斉に声を合わせた挨拶に答えれば、黄色い声が上がるからびっくり。
やっぱりいつの時代でも世界でも、アイドルに対する気持ちは一緒なのね。
いえ、そうではなくて。
別に私は自分でアイドルって思っているわけでないのよ。
ただの例えだから。
って、ミーラ様まで鞄から私のうちわを取り出しているわ!
このまま教室まで行くの?
これではまるで蝶子の世界で見た王朝絵巻みたい。
それともナントカ古墳の飛鳥美人?
まあ、私たちはブラマーニ王朝美人だけれど。
それとも美少女かしら。ふふん。
あら、あちらにも私のうちわを振ってくださっている方がいるわ。
にっこり笑顔で応えて、こちらの方には「おはようございます」と挨拶。
このファラーラ・ファッジンが笑顔の大安売りをするなんてね。
だけど不労所得のためには笑顔の出し惜しみをしないのよ。
結局うちわにはサインではなく、魔法で複製できない印を押すことによって公式であることがわかるようにしたから、不正販売もできないし完璧。
あの注文書は転売しないとか、学園外では自室以外では表に出さないとかの誓約書にもなっているのよね。
さすがジェネジオ。便利だわ。違った。完璧だわ。
ただ、一つだけ盲点があったのよ。
私が殿下のうちわを振る機会がないってこと。
この鞄の中には殿下のうちわが入っているのに(学生鞄用サイズにジェネジオが考案済み)、いつ取り出せばいいのかしら。
私まで殿下を出待ちするのはおかしいわよね。
それとも私のほんの後ろを一緒に歩いているミーラ様やレジーナ様のように常に持っていて、すれ違いざまに振る?
うーん。
だからといって、殿下と学園内で会える保証もないのにうちわを持って廊下を歩くなんて、それでは蝶子の世界の特急電車のようだわ。
エヴェラルド殿下号、ファラーラ・ファッジン出発しまーす!
なんて悩んでいたら、教室前にも多くの女生徒が待ち構えていた。
困ったわ~。私ってこんなに人気があったなんて~。ほんと困っ……殿下!?
「おはよう、ファラーラ」
「お、おはようございます、エヴィ殿下」
あろうことか、王太子殿下自らが出待ちを――いいえ、入り待ちをなさっているなんて。
どうして誰か――護衛は止めなかったの?
ミーラ様とレジーナ様の興奮した声が聞こえるわ。
ええっと、ええっと。
こういう場合、私のキラキラうちわを持っていてくださるから、私もお見せしなくては。
慌てて鞄から殿下のうちわを取り出せば、その場はきゃあっと沸いた。
皆さん、喜んでくださってよかったわ。
だけど絶対この状況おかしいわよね。
お互い推し勝負?
まあ、うちわの出番があってよかったと思えばいいのよ。
教室前に集まっていたのはどうやらほとんどが殿下の追っかけだったみたいだけど、その方たちも私たちを優しく見守ってくださっているわ。
そうよね。推しの幸せが私たちの幸せですもの。
蝶子もよく言っていたわ。
あの傲慢な蝶子でさえそう思うほど、推しは人類を幸せにするのよ。
だから殿下に本当に好きな人ができたときは、潔く身を引きますからね。……うん?




