約束2
「こんにちは、ファラーラ。もうすっかり元気そうだね?」
「はい、殿下。お気遣いいただき、ありがとうございます。本日はようこそいらっしゃいました」
玄関までお迎えに出ると、殿下は何かをお持ちだった。
我が家の執事がすぐにお荷物を受け取ろうとされたけれど、断られたわ。
ご自分でお持ちになるなんて、何かしら?
もう一つ。
殿下の従僕が執事に渡した包みはおそらく王宮の料理人が作った焼き菓子ね。
日持ちするかしら?
学園に持っていってエルダたちと休憩時間に食べたら、きっとみんな喜んでくれるわよね。
場所を居間に移しても、殿下はもう一つの荷物をお傍に置いたまま。
わざわざ持ってきたってことは、私に関係があることよね。
花束とかのプレゼントならもう渡してくれているはずだし、本当に何なのかしら。
だけど私から訊ねるのはマナーに反するというか、ずうずうしすぎるもの。
まさかここでも〝待て〟だなんて。
「――それでは、殿下。私は失礼いたしますが、どうぞごゆっくりなさってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「ファラーラ、ちゃんと殿下をおもてなしするのよ」
「はい、お母様」
しばらく談笑してから、お母様が席を外してくださった。
殿下は立ち上がってお母様を見送られると、またソファに腰を下ろす。
よし!
「殿下、そちらは何ですか?」
「これは昨日受け取ったばかりのキラキラうちわだよ。もちろんファラーラのね。実はテノン商会のジェネジオから試作品はもらっていたんだけれど、やっぱり自分で購入したくて。だけど持ち歩いていいのか、ファラーラに許可を得たほうがいいかなと思ったんだ」
「そ、それはもちろんかまいませんわ」
まさかのキラキラうちわ!
試作品をお持ちだったのに、購入までしてくださるなんて、お買い上げありがとうございます!
それでお断りできるわけがないわ。
恥ずかしそうに殿下は包まれていたキラキラうちわを見せてくださったけれど、私も恥ずかしいです。
そうだわ。せっかくだから、私が購入したうちわも見ていただきましょう。
「殿下、しばらくお待ちいただけますか?」
「え? うん、わかった」
お行儀が悪くないぎりぎりの速さで居間から出て、自室に置いてある殿下のきらきらうちわを手に取る。
これはミーラ様とレジーナ様から昨日頂いたものではなくて(それは宝物として保管しているわ)、ジェネジオに別に注文していたもの。
これもちょうど昨日届けられたのよね。
「殿下、お待たせいたしました。実は私も殿下のキラキラうちわを購入させていただいたんです。私は学園用と自宅用と二枚あるんですよ」
これにお二人から頂いた二枚と試作品とで全部で五枚あるのは内緒。
さすがに引かれるわよね。
「ファラーラも僕のうちわを買ってくれたんだね」
殿下が嬉しそうに笑うから、私も嬉しくなって笑う。
わざわざ持ち歩くことに許可を求められるなんて、真面目な殿下らしいわ。
「二人してお互いの肖像画を持ち歩くなんて、何だかおかしいね。話を持ちかけられたときには驚いたけれど、慈善事業にもなるって聞いて賛同したんだ。ファラーラはすごいね。ファラーラが入学してきてから学園はどんどん変わっているよ。それに比べて僕はこの国の王子なのに、理想を語るだけで何も変えようとしなかった。それだけではなく僕は決めつけて……」
「殿下?」
もっと私を褒めたたえていいんですよ?
だけどその分ご自分を卑下されることはないのに、笑顔が消えてしまったわ。
殿下にはキラキラうちわのように笑っていていただきたいのに。
「殿下、もし私が学園を少しでも変えることができたのなら、それは殿下のおかげです。殿下が学園にいらっしゃったから、(以前の)私は学園に入学を決めたのですし、殿下が制服をお召しになっていらっしゃったから、(みんな着るものと思って)私も制服を着ることに抵抗がありませんでした。それに殿下の笑顔を拝見して、(昂る気持ちを抑えるために)キラキラうちわのことを思いついたのですもの。みんなの心の中にある〝好き〟の気持ちを具現化したものがキラキラうちわなんです。ジェネジオから聞きましたが、殿下はスペトリーノ会長よりも注文数が多かったそうですよ(一番は私だけど)。それだけみんな殿下のことを想い、応援しているのですわ。殿下は何もできていないなんてないんです」
「ファラーラ……ありがとう」
長々と語ってしまったけれど、殿下がまた笑ってくださったからよかったわ。
やっぱりアイドルには元気でいてほしいものね。
って、ちょっと待って!
今日の目的は婚約解消よ!
手に入れたグッズをのんびり見せ合っている場合ではなかったわ!
それもお互いの肖像画が描かれたキラキラうちわとか、どれだけ恥ずかしいことをしていたの?
知っていたけど、私って馬鹿だわ。
だけど、今のこの和やかな雰囲気なら婚約解消の話もいけるかもしれない。
さあ。勇気を出して言うのよ、ファラーラ!
「あの、殿下……」
「何だろう? 外のほうが騒がしいね?」
「……そうですね」
一歩遅かった。
この騒ぎは間違いないわ。
帰っていらっしゃったのよ、アルバーノお兄様が!




