救護室2
「待て待て待て。何がどうなって、そうなった? 頭か? 体じゃなくてやはり頭の調子が悪いのか?」
「頭はこれ以上ないほどに冴えています。やはり睡眠は大切ですね」
今まで一人で婚約解消に向けて悩んでいたけれど、相談できる大人がいるんだから利用……相談しない手はないわ。
いっそのこと先生の幻惑魔法で婚約をなかったことにしてもらいたいけれど、きっと許可が下りないわよねえ。
「実は私、殿下との……」
婚約を解消したい。
初めて誰かに打ち明けようとしたのに、廊下をこちらに向かって走ってくる足音が聞こえて中断。
誰ですか、廊下を走るなんて。
「失礼します! ファラーラ、大丈夫なのか!?」
「……殿下」
「お、王子様の登場だな」
ぼそっと先生は呟いたけれど、そのままですね。
入口付近にいらっしゃる殿下のお耳にも届いたのか、フェスタ先生をちらりと見た視線はちょっと鋭かった。
殿下のこのような態度は珍しいわ。
今は授業中だけれど、二、三年生は自由授業――選択授業だから、殿下もストラキオ先輩も授業がない時間なのね。
ということは、ひょっとしてもうストラキオ先輩から私とフェスタ先生の噂をお耳にしたのかも。
浮気現場を見たから婚約破棄だ! ってなるかしら。
「ファラーラ、泣くほど体調が悪かったんだって? 今はもう大丈夫なのかい?」
「泣くほど……ではありませんでしたが、今はもうすっかり元気です」
眠ったので。
って、そっちなの?
私とフェスタ先生の教師と生徒、年の差禁断の恋は?
もちろんフェスタ先生はイケメンでも、そういう対象ではまったくないから現実的には無理だけど。
ではなくて、問題は泣いてしまったことがなぜ広まっているのかよ。
あの場にはエルダたちと治癒師の先生、他には誰もいなかった気がするけれど、ちょっと覚えていないわ。
もちろん護衛が話したとも思えない。
だけど、そうよね。我が家にもスパイがいるんだもの。
この学園にたくさんいて当然だわ。
むしろ我が家よりかなり気をつけないと。
ということは、救護室だって誰が聞いているかわからないんだから、婚約解消のことは打ち明けなくてよかったわ。
それに気安く幻惑魔法のことも話題にしないほうがいいのかも。
さっきも名称は口にしていないわよね。
私、秘密は守れる子ですから。
「そうか……。まあ、治癒師の先生もいらっしゃるし、フェスタ先生も治癒魔法には長けていらっしゃるから、僕が心配することはなかったね。でも話を聞いて、つい焦ってしまったんだ」
ま、眩しい!
殿下の〝ちょっと恥ずかしいな〟っていう照れた笑顔が眩しすぎて、寝起きの私にはつらいわ。
いったい誰なの? こんな純粋天使を邪悪な悪魔にゆだねようとした愚か者は!
はい、私です。
「ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」
「いや、謝る必要なんてないよ。ただ……」
言い淀んだ殿下はまたフェスタ先生をちらりと見た。
気のせいかしら。
いつもより殿下がフェスタ先生を気にされている。
ということは、やっぱりもう噂になっているのかも。
さすがストラキオ先輩、仕事が早いわ。
古今東西、浮気者には婚約破棄が定番よね!
「殿下、私はすっかり回復いたしましたので、どうぞご遠慮なさらずおっしゃってください」
さあ、来い!
ちょっと神妙にしつつ、イケナイところを見つかってしまったわ、といった後ろめたい表情をするのよ。
ダメだわ。それってどんな顔?
自分でハードルを上げすぎたわ。
「その……何か心配事があるなら、話してほしいんだ。確かに僕では頼りないかもしれなけれど、年齢が近い分もっと理解できるかもしれない。違った観点から見ることができるかもしれないよ?」
「殿下……」
そう、そうよね。
殿下は真面目を絵に描いたような方だもの。
一方的に婚約破棄をなさったりなんてしないわ。……五年後にはされるけれど。
きっと話し合いによる解決を望んでいらっしゃるのよ。
他人に頼ろうと――フェスタ先生を利用しようと思った私が狡い大人への階段を上りかけていたわ。
ここは正々堂々と勝負しないと。
「殿下、私のことをそのように気にかけていただき、ありがとうございます。それでは、次の休日にお時間を取っていただけないでしょうか? 大切なお話をしたいのです」
「――うん、わかった」
これで次の休日、ついに婚約解消に向けての話し合いができるわ。
エルダたちと遊ぼう計画は中止になってしまったけれど。
それでも婚約解消できれば、心軽く好きなだけみんなと遊べるもの。
やってみせるわ! ……フェスタ先生はにやにやしない!




