救護室1
「――気分が悪いわ」
「大丈夫か? まだ治癒が必要か?」
「フェスタ先生? 何をしていらっしゃるんですか?」
「様子を見に来たんだよ。一応、担任だからな」
「そうですか。ご心配をおかけいたしましたが、私はとっても元気です」
見た夢は最悪だったけどね。
どうやら私は救護室で眠っていたみたい。
腹立たしい夢を見て目が覚めると、フェスタ先生がベッドの傍にある椅子に座っていたからびっくりしたわ。
ひょっとして、今見た夢も幻惑魔法だったりするのかしら。
だとしたら、犯人はフェスタ先生?
でもあの世界を幻惑魔法で創り出せるの?
蝶子の存在は幻?
わからないことだらけで、いっそのこと先生に訊ねようかと思って踏みとどまった。
だってもしフェスタ先生が犯人だったら?
それならいったい何のために?
いいえ、そもそも先生が犯人なはずがないわ。
犯人がわざわざ犯行を――幻惑魔法が使えるなんて教えるわけがないもの。
そうよ。フェスタ先生はいつだって私を導いてくれる頼れる大人なのよ。狡いけど。
今だってこうして心配して様子を見に来てくれているんだもの。
誤解して敵認定する前にまず話をしてみないと。
あら、誤解といえばお兄様との仲も誤解していたのよね。
「フェスタ先生、申し訳ありません。私、すっかり誤解して迷惑をかけてしまいました」
「どうした? いつものことなんだから、今さら気にしなくていいぞ。それに体調の悪いときにはあれこれ気にするな。余計悪くなるぞ」
「ですが私、勘違いして……」
「うん?」
言いにくいことだけど、正直に言わないと。
さあ、一気に言うのよ!
「お父様に、ベルトロお兄様とフェスタ先生がただならぬ仲なのかと訊いてしまいました!」
「――まあ!」
勢いをつけて懺悔している途中で扉が開いた音がしたけれど、急には止められないわよね。
言い切ったあとで仕切りカーテンの向こうから聞こえてきたのは女性の声。
立ち上がったフェスタ先生がさっとカーテンを開けて声の主を確認すれば、ミーラ様の従姉のストラキオ先輩。
いくらここが女生徒専用の救護室で私が制服姿だといっても、急にカーテンを開けるのは失礼よ。
先輩もびっくりしていらっしゃるわ。
「……ストラキオ君、今は治癒師の先生は職員室にいるが、どうした?」
「い、いえ……。この書類を届けにきただけですから、職員室に行ってみます」
「ああ、そうしなさい」
「はい!」
ストラキオ先輩は私と先生の顔を見比べていたけれど、フェスタ先生に声をかけられて我に返ったみたい。
質問に答えると、ぺこりと頭を下げて救護室から駆けるように出て行ってしまったわ。
とても楽しそうに。
「危なかったですね。私がお年頃だったら、先生との仲を怪しまれるところでしたもの」
「そっちもあったか……」
フォローしたつもりだったのに、フェスタ先生は崩れ落ちるようにがっくりして膝をつくと、ベッドに肘を置いて頭を抱えた。
社交界は魔窟ですものね。
だけどここで頭を抱えているより他にすることはあると思うわ。
「今すぐ追いかけて誤解だとお伝えすれば間に合うのではないでしょうか?」
「あの家系の恐ろしさは風よりも速く噂を広めることだ。マジで風魔法が得意なんだよ……」
「それでは、私もミーラ様に誤解だと……他の方にも声を大にしてお伝えいたしますわ」
「やめてくれ……。さらに広まるだけだ」
「先生のお得意の魔法でなかったことにされては?」
「今、この学園で許可を出せるのは学園長だけだ。もちろん許可を求める際にはその内容を説明しなければならない。昨日はその必要もなかったんだがな。しかも説明したとして許可が下りるとは思えない」
魔法って便利なものだと思っていたけれど、色々な縛りがあったりして面倒くさいものだったりするのよね。
学園で勉強すればするほどそう思うわ。
まあ、攻撃魔法や幻惑魔法は危険なものだから当然だけど、以前の私はそんなことも理解していなかったのよ。
「学園長はそれほど厳しい方なのですか?」
「いや、とても……愉快な方なんだ……」
「ああ……」
お見かけしたことは何度かあるけれど、それほど厳しい方のようには思えなかったのよね。
ただし、威厳はすごくあったわ。
国一番の魔導士だものね。
そして要するに厳しくはないけれど、人生を楽しんでいるタイプなのね。
「ファッジン君はずいぶん呑気にしているが、もし噂が広まれば君だって多大な被害を受けることになるかもしれないんだぞ」
「被害ですか? たとえばどのような?」
治癒師の先生が席を外している間、担任の先生が体調の悪い生徒の様子を見ているなんて普通でしょう?
変な噂が流れても、私と先生の年の差を考えればみんな冷静になって別の話題に飛びつくわよ。
「君は王太子殿下の婚約者だ。以前、テノン商会の跡取りと噂にもなっただろう? 私との噂を利用して婚約解消に向けて何か動きがあるかもしれないぞ?」
「それって……」
最高じゃない!
そうよね。ジェネジオとのときは年の差だけでなく身分差もあって、あり得ないって感じになったみたいだけれど。
フェスタ先生は何か訳ありっぽいけれど、ありなんじゃないかしら。
これは婚約解消に向けての大チャンス!
ということは、フェスタ先生にもご協力をお願いしないとね。
「それではフェスタ先生、不束者ではありますが、よろしくお願いいたします」




