秘密1
「――また騙されているじゃない!」
もおおお! 蝶子の馬鹿!
自棄とか起こしていないで、さっさとその事務所から立ち去りなさいよ。
あんなもじゃもじゃな男性にちゃんと仕事ができるわけがないわ。
って、昨夜はお父様を待っている間にいつの間にか眠ってしまっていたみたい。
だけどちゃんと夜衣に着替えているし、ベッドで寝ているわ。
うーん。
あ、そうだわ。
頑張ってソファに座って本を読んでいたら、シアラが声をかけてきたんだわ。
それで顔と体を拭かれて着替えを手伝ってくれて……うん。抱っこしてベッドにつれて行ってくれたのよ。
要するに、半分寝ぼけていたのね。
「おはようございます、ファラーラ様」
「シアラ、昨日は……お父様は帰っていらっしゃった?」
「はい。かなり遅いお時間にご帰宅されたようでございます」
「そう……。それではまだ寝ていらっしゃるかしらね」
昨夜のお礼を言おうかと思ったけれどやめておくわ。
だって抱っこされてベッドに入れられるって、子供みたいだもの。
「旦那様はすでにお目覚めになって、朝食をお召しになっていらっしゃるようです」
「ええ!? 大変!」
そんなに遅かったのにもう起きていらっしゃるなんて予想外。
慌ててベッドから起きて、シアラに伝言を頼む。
「お父様に大切なお話があるから、まだお出かけしないで、ってお伝えして」
「かしこまりました」
寝室から出るとメイドが用意したお湯で顔を洗う。
本当は湯浴みをしたいけれど我慢。
この時間ならお父様とお話した後でも、湯浴みをする余裕はあるはずよね?
浄化魔法は好きじゃないからちゃんとお湯に浸かりたいの。
学園にはまあ、少々遅刻してもいいわ。
今日の一限は計算の授業だから大丈夫だものね。
「――おはようございます。お父様、お母様」
「おはよう、ファラーラ」
「今日も早いね。おはよう、ファラーラ」
ひとまずの支度をシアラに整えてもらって朝食室に入ると、お父様はまだいらっしゃった。
よかった、間に合ったわ。
ただあの質問――ベルトロお兄様とフェスタ先生の秘密の関係をお母様の前で訊ねてもいいのかしら。
もしお母様の知らないことだったら……。
そうだわ。
質問の仕方に気をつければいいのよ。
そうすれば、あとはお父様が上手くフォローしてくださるわ。
たぶん。
自分を勇気づけるために運ばれてきた牛乳を一気に飲み干す。
「あら、ファラーラ。そんなに急がなくても、時間は大丈夫でしょう?」
「そうなんですが、お父様にお話があって……」
「おや、そうなのかい? それでこんなに早起きしたのか」
お母様にはお行儀が悪いと思われたのか、遠回しに注意されて、思わず言い訳のようになってしまったわ。
お父様はそんな私を優しく見る。
だけど私が姿勢を正すと、お父様は真面目な話だと察したのか、笑顔を引っ込めた。
するとお母様まで真剣に耳を傾けてくれていて、何だか質問しにくくなってしまった。
どうしよう。
お母様がご存じかどうかわからないから、できるだけ曖昧な言い方をするのよ。
ええっと。秘密の関係ではなくて、何て言えばいいのかしら……。
あ、そうだわ!
「お父様は、ベルトロお兄様とフェスタ先生の、ただれた関係についてご存じですか?」
って、間違えた!
緊張のあまり言い間違えてしまったわ!
そのせいでお父様は激しく咳き込み、お母様は持っていたカップをガチャンと落とした。
お二人がこれほど激しく動揺したお姿は初めて見たかも。
大失敗!
「すみません、間違えました! ベルトロお兄様とフェスタ先生の、ただならぬ仲について知りたいんです!」




