休み時間1
「ファラ、殿下がお怪我をされていたって聞いたけれど、大丈夫なの? それで遅刻してしまったの?」
「心配かけてごめんね、エルダ。殿下は朝の鍛錬でお怪我をされたらしいの。だけどもう大丈夫だと思うわ」
「だけど王宮の治癒師でも治療できなかったなんて……」
「違うのよ。殿下はわざと治癒師の治療をお受けにならなかったそうなの。ご自身の治癒能力を高めるためとか」
「それは……ずいぶん庶民的なことをなさっているのね」
「そうなの?」
「ええ。殿下のような方には必ずお傍に治癒魔法を扱える方が何人もいらっしゃるはずだもの。特に国政に不安もないからいざって時もないだろうし、わざわざご無理をされる必要もないと思うんだけどなあ」
エルダのお父様は治癒師をなさっているらしいから、そのあたりのことは詳しいのね。
やっぱり殿下はお怪我を我慢される必要がなかったってことで、どうして誰もそのことに触れなかったのかしら。
「ファラーラ様! 伺いましたわ!」
「……ミーラ様、レジーナ様、おはようございます。何かございましたか?」
まずいわ。
ラウンジでのお兄様とフェスタ先生のちょっとした諍いが噂になっているのかも。
幸い始業前だったから他に生徒はいなかったはずだけれど、どこかにはいたのかもしれないものね。
一限が終わってすぐにお二人が教室から出ていったのは、ラウンジからの騒音が気になって情報収集に行ったのかしら。
さすがだわ。
「昨日、ベルトロ様がお戻りになったそうですね!」
「え、ええ。そうなの……」
「それでベルトロ様は殿下に謁見を申し込まれ、すぐに許可を得られてお会いになったとか」
「そ、そのようね……」
よかったわ。
お兄様も一応は手順を踏んで殿下にお会いになったのね。
それにラウンジのことは噂になっていないみたい。
「そこでどのような話し合いが行われたのかはわかりませんが……」
ええ。
殿下から念書を取ったなどと知られたら困るもの。
まあ、殿下の財産は惜しいけれど、あの念書が一生表に出ることがないようにしないとダメね。
「とにかく、今朝の鍛錬についてのお話は伺いましたわ!」
「……鍛錬について?」
まさか、お兄様やりすぎ問題が浮上しているとか?
それならやっぱり誰かがその場でお兄様を諫めてくださるか、殿下に真実を教えて――。
「なんでもベルトロ様が殿下に『たとえ婚約者だとしても、妹との結婚は私を倒してからでないと認められません!』とおっしゃったらしく、殿下も『望むところです!』とおっしゃって挑まれたそうなんです!」
「なんて素敵なのかしら!」
なんて熱血マンガですか、それ。
蝶子が好きそうな題材だわ。
って、そうではなくて!
それで今朝の殿下のあのお怪我だったのね。
心配して損したわ!
そんな馬鹿馬鹿しいやり取りがあったなんて……あら? ちょっと待って。
それならこのままお兄様が勝ち続ければ、結婚は成立しないんじゃないかしら?
いえ、ダメだわ。殿下にはお世継ぎが必要だもの。
そもそも私はそれが無理だから結婚を回避したいわけで。
きゃっきゃしているミーラ様とレジーナ様は可愛らしくて、見ていて嬉しくなる。
だから否定をするのはやめておくわ。
恋愛に夢を持っているお二人に水を差すのは申し訳ないものね。
そう思っていたら、エルダが私の手をそっと握ってきた。
「エルダ?」
「ファラ、大丈夫?」
「え?」
「何だか悲しそうに見えたから。殿下のことが心配なの?」
「え、ええ。だって大切なお体なのに、私のためにご無理はしてほしくないでしょう?」
「まあ、そうでした! ファラーラ様にとっては、愛するお二人が争うことになるのですものね」
「申し訳ございません。私たち、浮かれてしまって……」
「ち、違うのよ! ベルトロお兄様も殿下のことは認めてくださっているの! えっと、その、お兄様はもう赴任地に戻ってしまわれるから! ちょっと寂しいかなって……」
ええ、絶対に追い返してみせるわ。
色々と迷惑がすぎるもの。
お兄様の起こした騒動のせいでエルダたちにまで余計な心配をかけてしまったんだから。
私の大切なお友達のためにも、ここは何事もなかったように振る舞わないとね。
どうやらもう一つの騒動――ラウンジでのことは噂になっていないようでよかったわ。




