始業前3
教室ではなく私が向かう先はラウンジ。
私、ちゃんと知っているんだから。
フェスタ先生が毎朝あそこで牛乳をたっぷり入れたお茶を飲んでいるのを。
ふふん。
色々と面倒くさいことになったのはフェスタ先生のせいなんだから、責任を取ってもらわないと。
私、根に持つタイプですから。
「――おはようございます、フェスタ先生」
「おはよう、ファッジン君。早く教室に行かないと、一限に遅刻するぞ」
「先生は今日の一限は授業がないのですよね?」
「……今度は何だ?」
むむ。なぜそうも警戒するのかしら。
いつも私が面倒事を持ち込むなんて思わないでほしいわ。
もちろん今日はその通りだけれど。
「先生は酷いです! フェスタ先生のおっしゃるとおりに(お兄様に質問)したら、(殿下が)大変な目に遭ったんですから!」
「ファッジン君、いったい――」
「ブルーノ! お前、ファラーラに何をしたんだ!?」
「戻ってきていたのか……」
作戦成功。
無事に冬将軍をおびき出したわ。
後始末はフェスタ先生にお任せをして――。
「いや、何をしようとファラーラの髪の毛一本でも傷つけたやつは許さない!」
「ベルトロ、おまっ、ここで――!」
「ファラーラ様!」
何が起こったのかよくわからないけど、結局私の作戦が失敗したことだけはわかったわ。
まさかお兄様がここで魔法を発動させるなんて。
護衛の一人が身を挺して私を庇いつつ防壁魔法を発動させたみたい。たぶん。
一瞬のことだったから、確信はないけれど。
だけど衝撃も何もなくて、不思議に思ってお兄様を見る。
どうやら一点集中型だったようだわ。
攻撃魔法のことはよく知らないけれど……って、フェスタ先生は無事なの!?
「相変わらず妹君のことになると、見境なく国一番の愚か者に成り下がるな」
「いや、違う。お前に関してはファラーラに関係なく気に食わないからだよ」
「気に食わないってだけで、本気の殺意を向けてくるなよ。そもそも俺がお前に何かしたか?」
「毎日毎日、学園でファラーラに先生と呼ばれるなんて許されないだろ」
「思いっきり関係しているだろうが」
「それにまだファラーラに何をしたのか答えてないぞ?」
「聞けよ、人の話を……」
フェスタ先生は大きく大きくため息を吐かれたけれど、そのお気持ちはとてもよくわかります。
ベルトロお兄様って、人の話を聞いてくださらないんですよね。
それにしてもチェーリオお兄様のご友人のはずのフェスタ先生とベルトロお兄様の関係が謎だわ。
先生の言葉遣いもかなり乱れていらして……って、今はそれどころではないのよ。
フェスタ先生に後始末を任せるつもりが、危うく先生が始末されるところだったもの。
それにここは学園のラウンジで、こんなところでケンカをするなんて大迷惑。
「お兄様は私との約束を破りましたね?」
「ち、違うんだ。今日はブルーノに会いに来ただけで――」
「お会いするなら学園でなくてもよかったではないですか! 学園に来ないでって言ったのに!」
「いや、別の場所に来られても困るけどな」
「フェスタ先生は黙っていてください!」
「当事者なのに?」
「そもそもフェスタ先生が浮気をする男性の気持ちはベルトロお兄様に訊けばいいとアドバイスをくださったのではないですか。そうしたらお兄様は殿下が浮気をしたと勘違いなさって大変なことになったんです。どう責任を取ってくださるんですか?」
「ああ……あれか」
こんな大事になったのに、フェスタ先生は呑気に頷いていらっしゃるわ。
しかも「やっぱり兄妹そっくりだ」とか何か呟いていらっしゃる。
「ブルーノ、お前はファラーラに何て質問をさせるんだ!」
「ぴったりだろ? 決まった相手を作らず女性の間をふらふらしているんだから」
「それは――」
「嘘でしょう!? 女性の敵はお兄様だったんですね! 最低です! 殿下にあんなひどいことをなさっておきながら……もうお兄様のお顔も見たくありません! 大っ嫌い!」
「ファラーラ! ――ブルーノ、後始末をしておけよ!」
「勝手なことを言うなよ! そもそも許可は――」
「俺が許す!」
「お兄様はついてこないで! これから私は授業を受けるんです!」
「そんな……」
ベルトロお兄様が浮気者だったなんて、酷いわ!
たとえ約束した相手ではなくても、女性は本気だったかもしれないじゃない。
蝶子だって危うく被害に遭いそうだったんだから。
しかもお兄様は学園には来ないって私との約束を破ったのよ。
嘘つきなお兄様なんて、チェストの角で足の小指をぶつけてしまえばいいんだわ!
ぷりぷり怒りながら小走りで教室に向かっていると、背後から声をかけられた。
それはめったに声を出すことのない護衛の一人。
「発言をお許しください、ファラーラ様。ベルトロ様は浮名を流されてはおりますが、女性から不満の声が上がったことはなく――」
「おい、まだ学生のファラーラ様にお伝えするようなことではないだろう!」
「だがこのままでは、ベルトロ様が燃え尽きてしまわれるだろう? しかも周囲を巻き込んだ大火になっても、俺たちが鎮火することは不可能なんだぞ?」
発言内容にびっくりした私は足を止めて振り向いた。
お兄様が燃え尽きようが灰になろうがどうでもいいけれど、周囲に迷惑をかけてはいけないわ。
今回の責任の一端は私にもある気がしないでもないもの。
「先ほどは私を庇ってくれて、ありがとう」
「きょ、恐縮でございます。ですがあれはフェスタ殿が必ず防がれるとベルトロ様もわかったうえでの攻撃であり、誰も何も被害が出ないことは確実でしたので、私が出しゃばるまでもありませんでした」
「それでも何があるかわからないもの。あなたは――あなたたちは私をちゃんと守ってくれた。これからもよろしくね」
そしてサルトリオ公爵たちから命がけで守ってね。
護衛たちは嬉しそうに了承してくれたから、物理的な攻撃からはまず大丈夫かしらね。
あとはチェーリオお兄様に解毒薬を開発してもらって、ベルトロお兄様には辺境に戻ってもらいましょう。
「あなたに伝言をお願いするわ。ベルトロお兄様に『今すぐ赴任地に戻って任務をしっかり遂行してください。そうしたら許してさしあげます』と」
「は、はい! かしこまりました!」
最初に私にお兄様のことを弁解してきた騎士に伝言を託せば、とってもほっとした顔になって引き返していったわ。
これでどうにか平穏な生活に戻れるかしらね。
とにかく私はうちわ販売に集中したいもの。
みんながキラキラうちわを見てどんな反応をするか、そのときまであと少しだわ。




