始業前2
今日の予定では、まずお昼休みに食堂の一角でサンプルを並べて宣伝をするのよね。
そして放課後から受注開始。
受注期間はこれから毎日放課後のみ、商品受け渡しまでは三日。
ただ予想外の人気があれば、お届けまでにもうしばらく時間をいただくことになるらしいけれど。
閑散としていたらどうしましょう。
私はあくまでも他人のふり。
生徒会の皆様にも殿下にも、私が黒幕――いえ、発案者だということは内緒なのよね。
だって、発案だけでなく自分のうちわまで販売するとか、恥ずかしすぎるもの。
だから私が殿下のうちわを持つのはあれよ。
サンプルというかパフォーマンスというか、宣伝よ。
きらきらうちわ
みんなで持てば 怖くない。
その精神で、仕方なく私は殿下のうちわを振るのよ。
ええ、決して美少年な殿下を応援しているだけであって、好きってわけでは……。
「殿下!?」
「あ、おはよう、ファラーラ」
「お、おはようございます。エヴィ殿下……あの、そのお怪我はいかがされたのですか? 何か恐ろしいことがあったのでは……」
「恐ろしいこと……い、いや、大丈夫だよ。全然大したことないから」
「ですが……」
今の反応は大したことがあったように聞こえたのですけど。
しかもその目の周りにある痣はぶつけた痕というより、殴られたりしていませんか?
それに頬には湿布のようなものを貼られていますが、まさか暗殺者に狙われたのでは……。
「護衛は何をしていたのですか? 治癒師は?」
「心配してくれてありがとう。だがこれは今朝の鍛錬の結果なんだ」
「……鍛錬?」
「うん。今朝から新しい鍛錬を始めたんだ」
「今朝から……」
「今までのは生ぬるいものだったというのがよくわかったよ。それに治癒師にすぐに治療してもらっては鍛錬の意味がないからね。自身の治癒能力を高めるためにも治癒魔法での治療はやめているんだ。痛みを知ることも鍛錬だから」
「そ、それはご立派ですね……」
どうしましょう。
殿下のあのお美しいお顔が……痣と包帯とで痛々しくて……これもまたよし!
ではなくて!
確かに、美しいものに傷があることへの〝萌え〟というものを初めて実感したわ。
だけど!
今朝のお兄様の清々しい笑顔が頭から離れないのはどうして?
本当はわかっているわ。わかっているの。
いくら私が馬鹿だからって、殿下のお怪我の原因に気付かないわけがないのよ。
おそるおそる殿下の背後にいる護衛たちを見たら、さっと目を逸らされてしまったわ。
ええ、護衛は壁や木も同然で、普段も私たちと目を合わせないのは常識なんだけれど。
今回はそういうものとは違うわよね。
だって、護衛たちは殿下以上の怪我をしているもの。
思わず振り返って私の護衛たちを見る。
みんな同じようにさっと視線を逸らしたけれど、元気そうでよかったわ。
いえいえ、そうではなくて。
「……殿下、やはりお怪我は救護室で治療していただいたほうがよいかと思います。護衛の皆さんも」
「いや、だけどこれは――」
「国家存亡の危機と思われてしまいますから。殿下のご意志はとてもご立派ではございますが、民が――私たち臣民は殿下にお元気でいらっしゃってほしいのです」
そして美しいお顔をまた見せてください。
お怪我をされたお姿も胸キュンではありますが。
今ここにうちわがあれば筋肉痛になるくらいうちわを振ってしまいますが。
それでもどうかお健やかにお過ごしになってほしいのです。
それがファンというもの! ……あら? ちょっと論点がずれてしまったわ。
「殿下……私の我が儘で大変なご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」
「何を言うんだ! 僕はファラーラのおかげで、たくさんの大切なことに気付くことができるようになったんだ。だから、ファラーラにはもっと我が儘を言ってほしいくらいだよ」
「殿下……」
そのお言葉はとても嬉しいです。
たとえここが公衆の面前で、多くの生徒たちが聞いていて、バカップルだと思われても。
私の我が儘は殿下公認なのよ。やったー!
ただ、今週は汗ばむほどの陽気が続くと王宮の天候予想の魔道士からも発表があったはずなのに。
どうしてここはこんなに寒いのかしら。
しかも殿下のお顔の色が先ほどより悪いわ。
「殿下、お願いですからすぐに救護室にいらっしゃってくださいね?」
「……わかった。ありがとう」
「いいえ、それでは失礼いたします」
殿下が教室ではなく救護室のほうへと向かうのを確認してから私も方向転換。
さて、一限目の授業は遅れるかもしれないけれど、これから冬将軍を捕まえないと。




