職員室2
「君たち、何をしているんだ!? ファラーラ・ファッジン、エルダ・モンタルド、早く来なさい」
「はい、フェスタ先生」
私たちがあまりに遅いからか、フェスタ先生が職員室から顔を出して呼びつけた。
でも仕方ないわ。
この怖い上級生たちにいびられていたんですもの。
そのことはきっちり報告しないと、遅れたことを怒られるのは理不尽だものね。
「……ファラーラ・ファッジン?」
意地悪上級生たちは私の名前を聞いて驚いたように呟いた。
ええ、そうよ。
私はファラーラ・ファッジン。
ファッジン公爵家の娘で王太子殿下の婚約者よ。
「ええ~い、控えおろう!」と言いたいけれど、性格の悪さは隠しておかないとね。
「名乗るのが遅くなり、申し訳ございません。私はファラーラ・ファッジンと申します。先輩方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「い、いえ、私は……」
「な、名乗るほどの者でもないわ。ごきげんよう」
こらこら、どこかの通りがかりの武士みたいなこと言ってないで、私が名乗ったんだからちゃんと名乗りなさいよ。
にっこり笑顔で圧をかけたのに、結局逃げていったわ。
まるで三文芝居のチンピラね。
……きんぴらごぼうが食べたいわ。
あんな庶民臭いものが食べたくなるなんて、お腹が空いているせいね。
「エルダさん、さっさと先生のお説教を聞いて、食堂に行きましょう?」
「え……あ、はい」
「も~また敬語になってる」
「で、ですが、ファラーラ・ファッジン様といえば……」
ひょっとしてエルダさんは私が殿下の婚約者だって知っているのかしら。
それでやっぱり畏れ多いとか?
これだから有名人は困るわ。おほほほほ!
と、優越感に浸っている場合じゃなくて。
「ファラよ。そう呼んでくれるのでしょう?」
「はい!」
にっこり笑えばエルダさんは嬉しそうに答えてくれた。
うん、素直でいいわ。この反応。
先入観がないからね、きっと。
このまま〝ファラーラ・ファッジンいい人作戦〟を続行して、友達百人作りましょうっと。
いえ。そうではなくて、人気を集めて王太子殿下に婚約解消されないようにしないとね。
また職員室に引っ込んでしまったフェスタ先生のところへ二人で向かう。
先生は私たちに気付いて、手招きした。
それってちょっと失礼じゃないかしら。
「先生、どのようなご用件でしょうか?」
「ファッジン、お前なあ~。何で呼び出されたかくらいわかるだろ? 授業中に菓子を食べるなよ」
「す、すみませんでした!」
「――申し訳ございませんでした」
「あ、ファラは違うんです! 私が勝手に押しつけただけで――」
「エルダは私のお腹の音を聞いて助けてくれたのです」
しぶしぶ謝ったらエルダが私を庇おうとしたから、正直に言う。
するとフェスタ先生は噴き出した。
自分でもわかってるわ、何だか青臭い青春ドラマみたいだって。
だけど先生が笑うことないじゃない。
ここは苦情を言うべき?
普通の生徒はどうするものなのかしら。
蝶子のときも多額の寄付金で先生たちは言いなりだったから、正しい対応がわからないわ。
そんな私の困惑が伝わったのか、フェスタ先生は謝罪してくださった。
「すまん、すまん。ファッジン公爵令嬢が入学してくるというから、どんなお嬢様かと思ったらあまりに普通で安心したんだよ。友達もできたみたいだしな、モンタルド君?」
「はい! ファラはとっても素敵な友達です」
どうしましょう。
本当に学園青春ドラマみたいだけれど、感動している私がいるわ。
これって夢じゃないわよね?
それとも本当の私は幽閉されていて、そこで見ている夢?
ううん。これはきっと神様がくれたチャンスよ。
「まあ、とにかく仲が良いようで何よりだ。だが授業中につまみ食いはダメだぞ」
「はい」
「すみませんでした」
「じゃあ、腹が減ってるだろうに、呼び出して悪かったな。まだ時間はあるから、しっかり噛んで食べろよ。あと、これ。他の生徒には内緒な」
要するにフェスタ先生は私がエルダを虐めていないか、いいように使っていないかを確認したかったのね。
あと、しっかり噛んでなんて、子どもじゃないんだから。
ちょっと腹が立つけれど、上質の紙に包まれた、私でも知っているお菓子をくれたから許してあげるわ。
「それでは失礼いたします」
「失礼します」
「ああ、じゃあ午後からの授業もしっかりな」
あ、先輩たちのことを言いつけるのを忘れていたわ。
ひらひら手を振る先生から離れて思い出したけれど、今回は大目に見ましょう。
言葉遣いは乱暴だけど、優しい先生に出会えたから。
だってお菓子までくれたもの。
イケメンだし。
「あまり怒られなくてよかった~」
「そうね。若いけれど頼りがいのありそうな先生ね」
イケメンだし。これ重要。
ほっとした様子のエルダに答えたら、不思議そうな顔をされてしまった。
私、何か変なことを言ったかしら?
今のはどう答えたら正解だったの?
 




