兄妹3
とはいっても、何があっても資金は必要だから。
部屋に戻った私は荷造りを終えたシアラを下がらせて、お兄様のご帰宅を待った。
この荷物をほどくことになるのか、馬車に詰め込むのかはお兄様次第。
どうか無茶なことはしていませんように。
暗殺される前に不敬罪とか反乱罪で投獄されたりするのは嫌だわ。
最悪の場合、罪はベルトロお兄様一人にかぶってもらって(事実だし)、私とお母様は先に国外へ脱出しましょう。
お父様とアルバーノお兄様は後始末を頑張ってもらって、チェーリオお兄様はフェスタ先生に匿ってもらいつつ、研究を続けてもらう。
ジェネジオに化粧品開発とうちわ販売を続けてもらってロイヤリティはちゃんと支払ってもらわないとね。
私のうちわ販売ができない分、売上が減るのは残念ね。
だけどその分、殿下のうちわが売れるでしょうから……殿下は無事よね?
殿下の身にもしものことがあれば、色々と困るわ。
それにやっぱり悲しいもの。……うん。
あれこれ考えていたら、ベルトロお兄様が帰っていらっしゃった気配が階下から聞こえてきた。
無事に王宮から戻れたのね!
ということは、そこまでの惨事にはならなかったということで、国外脱出も必要ないってことよね?
お兄様に会いに行こうと立ち上がったところで逆に扉が開いてお兄様が入っていらっしゃった。
「ベルトロお兄様、おかえりなさい!」
「ファラーラ!」
あ、これこそ以前の記憶のままだわ。
赴任地から帰ってきてくださったお兄様にこうして抱きついたのよね。
それからたっぷり甘えて色々なお話をして、殿下のことは一言も出なくて……学園は休むつもりはないけれど、いい感じだわ。
「喜べ、ファラーラ。ちゃんと念書を取ってきたぞ」
「……はい?」
「殿下にお会いして、念書にしっかり署名してもらったから、安心していいぞ」
「……殿下は、私に近づかないと……誓われたのですか?」
別にショックというわけではないわ。
ただ殿下が――。
「いや、最初はそのつもりだったが、考えを変えたよ。だから絶対に浮気をしないと――浮気をした場合、殿下名義の財産と王位を継承されたときの財産も全てファラーラに慰謝料として支払うという念書だよ」
「あ、そうなんですね……って、ちょっと待ってください! 殿下の財産は嬉し……いえ、とにかく、王位を継承されてからの財産って王家の全財産に近いではないですか!」
「そうだな。まあ、抜け道はあるが、今のところは殿下の誠意を信じることにしたよ」
お兄様、すごく上から目線ですが、この際それはいいです。
そんな途方もない約束を一臣下が殿下にさせるなんてそれこそ血迷っています。
殿下もなぜ承諾してしまったの……。
「なぜそんな……」
「殿下のお部屋をお訪ねしたら、あったんだ」
「……何がですか?」
「それは……」
思わず口から漏れ出た疑問に、お兄様は神妙に答えてくださる。
だけど何があったというの?
訳がわからず首を傾げると、お兄様は私から離れて例の箱に近づいた。
そう、あのうちわの試作品が入った箱に。
しまったわ。昨夜もう一度確認するために一枚だけ表に出していたのよ。
「これが、殿下の部屋にもあったよ」
「お兄様、それは……」
「お前が殿下の肖像画をこのように飾り立てているように、殿下もまたお前の肖像画を飾り立てていらっしゃった。ちょっと変わった形をしているが、手鏡のように持てて、近くで眺めやすくもあるな」
「いえ、ですからそれは――」
「二人がこうしてお互いの肖像画をお揃いで持っているなんて、想い合っている証拠ではないか。私はお前のことを愛している。だからこそ二人を引き裂くことはできないと思ったんだ」
待って、待って。どういうこと?
キラキラうちわはもうすでに完成して殿下が購入されたってこと?
それとも試作品は別にもあったということ?
とにかく、問題は私の肖像画のキラキラうちわがすでに殿下の手元にあること。
しかもお兄様の目につくところにあったということよ。
それ、お兄様以外にも見られていますよね?
あああ。
王太子殿下のお部屋にキラキラうちわ。
それも婚約者の肖像画だなんて、周囲はどう思うかしら?
せめて、せめて、キラキラうちわが認知されてからにしてほしかった。
いくら私の我が儘で成立した婚約でも、どう見ても両想いじゃない。
何よりお兄様が取られた念書がある限り、殿下からの婚約破棄はなくなってしまったわ。
ということは私から婚約解消を申し出なければいけないわけで、それはつまり私が心変わりするということ。
その気にさせておいて振るなんて悪女そのもの。
ええー。
あら? だけどそれも悪くないかも?
だって私はファラーラ・ファッジンだもの。
その後の国外悠々自適生活には関係ないわ。
おほほ――。
「なあ、ファラーラ。この肖像画だが、どうやって手に入れるんだ?」
「……はい?」
「私もファラーラのが一枚欲しくてな。そうすれば赴任地でもファラーラに会えない寂しさを紛らわせるだろう?」
「……お兄様、せめて恋人の肖像画を飾ってください」
「恋人なんているわけないだろう?」
「そうなんですか? ですが、フェスタ先生は男性の浮気については、ベルトロお兄様が詳しいから訊ねなさいっておっしゃったのに」
「……フェスタ? ブルーノ・フェスタか?」
「はい。チェーリオお兄様のお友達です。今は学園で教壇に立っていらっしゃいます」
「教師か……。ブルーノとはじっくり話をするべきだな。よし。ではファラーラ、私は明日から休暇の間、お前の護衛として学園に一緒に通うぞ」
「はい!? で、ですが、お兄様……せっかくの休暇なのに……」
「お前に会うために帰ってきたんだから、お前と一緒にいないと意味がないではないか」
えええ。
保護者同伴で毎日登校とか無理。
そもそも明日からうちわの予約開始をするのよ。
お兄様がいらっしゃったら面倒なことになる予感しかしないわ。
 




