質問1
今日は一日、本当に大変だったわ。
結局は始業後まで、授業中以外は特待生以外の女生徒たちが昨日のお礼を言いにきたんだもの。
護衛騎士は今まで以上にピリピリしていて、威圧感たっぷり。
それでもみんなやってくるんだから、人気者はつらいわ。
お昼にはポレッティ先輩たちもいらっしゃって、お礼を言われたのよね。
予想はしていたけれど、サラ・トルヴィーニは欠席らしいわ。
逃げたわね。
特に言葉にしたわけではないけれど、ポレッティ先輩とは共闘者になった感じ。
お茶会の招待を断ったことで全面戦争になるかと思っていたから、共通の敵がいて助かったわ。
そういう意味ではサラ・トルヴィーニに感謝してあげてもいいわね。
というわけで今日は疲れているけれど、フェスタ先生に質問があるから、職員室に行かないと。
職員室の先生たちの個人のスペースは広くて仕切りで区切ってあるから、話はとてもしやすいのよね。
「――フェスタ先生、トルヴィーニ先輩の欠席理由をご存じですか?」
「知っていても生徒の個人情報を簡単に教えるわけないだろう」
「ええ? それくらいいいじゃないですか。先生にはお兄様がとてもお世話になっているんですから」
「まったくもって理由にならないことをそれらしく言うなよ。ほらほら、私は忙しいんだから早く帰りなさい」
サラ・トルヴィーニの欠席理由はもちろんわかっているけれど、表向きは何て言っているのか知りたかったのに。
フェスタ先生はケチね。
今朝から耳を澄ませば聞こえてくるのはサラ・トルヴィーニの悪口。
どうやら今までの不満が爆発した感じ。
蝶子ほどではないけれど、サラ・トルヴィーニも女子の間ではなかなか嫌われていたみたい。
殿下とリベリオ様と幼馴染っていう立場に守られていたようね。
もし私が傲慢なままだったら、同じように悪口を言われていたんだわ。
ううん。もっと酷かったでしょうね。
だって私は表向きを取り繕うこともしなかったから。
あの悪夢のおかげで嫌われずにすんでいるんだから、やっぱり蝶子のためにもこの疑問も解決しておくべきなのよ。
「帰りませんよ。本当は先生にご相談したいことがあって、わざわざ職員室まで来たんですからね」
「恩着せがましい言い方をしているが、君の自己都合だからな。あと君からの相談は受け付けないことにしているんだ」
「なぜですか?」
「面倒くさいからだよ」
「そんな、先生に大切な質問があるのに、困ります」
「……何だ? 授業でわからないことでもあったか?」
迷える子羊を『面倒くさい』といった理由で突き放すなんて教師失格じゃないかしら。
そう思ったけれど、私が本当に困っているとわかると、真剣に向き合ってくれたわ。
やっぱり先生は私の先導者ね。
「それで、先日おっしゃっていた彼女とはその後どうなりましたか?」
「何が『それで』なのかわからないが、振られたよ。さあ、これでいいだろ? 早く帰りなさい」
「やっぱりそれは先生の浮気が原因で?」
「何が『やっぱり』なのかもわからないが、違う。ほんと、頼むから、帰ってくれ……」
「どうして男の人って浮気するんですか? 酷いですよね?」
「私にとってはこの状況がかなり酷いんだが……まさか殿下が浮気をなさったのか?」
「なぜそこで殿下が出てくるんですか?」
「むしろなぜ出てこないと思う。とにかくそういう質問は……」
先生は机に肘をついて頭を押さえていたけれど、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
それから私に優しく微笑みかける。
え? やだ、怖いんですけど。
「詳しくは君の兄さんに聞きなさい」
「チェーリオお兄様に?」
「違う。二番目の兄君だ」
「ベルトロお兄様に? 浮気についてなんて答えられるかしら……」
「なぜ私なら答えられて、君の兄さんに答えられないと思うのか疑問だが、まあそれはいい。兄さんで思い出したよ。ファッジン君、チェーリオにちゃんと手紙の返事を書いてやりなさい」
ベルトロお兄様は魔法騎士として王立騎士団に所属されている、とても真面目な方なのに。
私にはいつもお優しいけれど、部下の方には厳しくて悪魔の副隊長と呼ばれていると聞いたわ。
そんなベルトロお兄様にこんな質問をしたら、余計な心配をかけてしまうんじゃないかしら。
なんて考えているうちにフェスタ先生はチェーリオお兄様のことを持ち出された。
確かにチェーリオお兄様からのお手紙に返事は書いていないけれど。
「先生、私が必要としているのは研究内容の進捗状況であって、お兄様の起床時間から一日三食のメニューに就寝時間の日記ではありません。しかも毎日届く日記に私はどんな返事を書けばいいのですか?」
「いや、まあ、その、少しくらいは研究の内容にも触れているだろう?」
「私は素人ですが、この十日弱で植物の成長に何か進展があったとは思えません。せいぜい種を植えて芽が出たくらいでしょう? 土魔法では種を腐らせないこととわずかに成長を促すことはできても、いきなり花を咲かせることなどできないのはわかっておりますもの」
「何だ、偉いな。ちゃんと理解しているじゃないか」
「魔法は万能ではなく、自然の節理に大きく外れることはできないとおっしゃったのは先生ではないですか」
だってもし魔法が万能だったりしたら、死者蘇生とかできるかもしれないでしょう?
そんな魔法版バイオハザードなんて絶対に嫌。
だから暗殺されないように頑張らないと。
「……わかりました。先生、紙とペンを貸してください」
「ここで書くのかよ」
「あとで届けてくださいね」
「私は便利屋ではないぞ」
フェスタ先生はあれこれ細かいと思うわ。
先生が書けとおっしゃったのに。
それに何だかんだおっしゃっても、ちゃんと便箋を引き出しから出して渡してくださるんだから、素直じゃないわね。
『 チェーリオお兄様へ
お元気そうで何よりです。私は元気です。
毎日規則正しい生活は素晴らしいことですが、あまり規則に囚われないでくださいね。
ファラーラより
追伸:私の身の安全のために、どんな毒にでも効く解毒薬を開発してください。』
「……これ、さらっと書いているが、追伸で書くようなことじゃないだろう。魔法は万能ではないと、先ほど自分で言ったよな?」
「はい。ですから、努力によって万能薬を開発するのです。これぞ人間の叡智ではないでしょうか」
「…………そうだな。では、これは預かるから、今すぐ回れ右をしてあの出口に向かって進むんだ」
「そのような言い方をなさらなくても、もう失礼いたします。ありがとうございました」
「ああ」
フェスタ先生はお疲れのようだから、そろそろお暇しましょう。
教師というお仕事は大変だと聞くもの。
なのにどうして働いていらっしゃるのかしら。
まあ、どのお仕事も大変でしょうけど。
だからやっぱり私は不労所得目指して頑張らないと。




