職員室1
「ファラーラ・ファッジン、エルダ・モンタルド、二人ともこのまま職員室に来なさい」
ようやく授業が終わった鐘の音が聞こえたと思ったら、まさかの呼び出し。
どうして?
驚いた私だったけれど、一緒に呼び出されたエルダっていう子は隣の子だったみたい。
これってひょっとして、授業中にこっそり砂飴(勝手に命名)を食べたのがばれた?
「失敗しちゃったね、ファラ」
「え?」
「ほら、つまみ食いがばれちゃったみたい。ごめん、巻き込んじゃった」
「いえ、それはいいのですけれど……。あなたはエルダさん?」
「そうよ。あ、ごめん。勝手に名前を呼び捨てにして。ファラって呼んでもいい? 私のこともエルダでいいわ」
「わかったわ……」
すごく気安く声をかけられたことに驚いて、名前を呼び捨てにされたことにも気づかなかったわ。
だけど私の名前はファラーラでファラではないんだけど。……自己紹介で失敗したせいね。
「ファラーラ様、どうしてファラーラ様が職員室にいらっしゃらなければならないのかしら?」
「そうよ。この人はともかく……まさか、ファラーラ様が制服なんてお召しになっていらっしゃるから、知り合いか何かと間違われたのではないですか?」
「あの教師、ファラーラ様がどういう方かも知らないなんて、信じられないわ!」
「ファラーラ様、職員室になどいらっしゃる必要はありません。私たちとお食事にしましょう?」
ミーラ様とレジーナ様がやってきて昼食に誘ってくれる。
だけど呼び出されたらきちんと応じないと、後で何を言われるかわからないもの。
他の生徒にね。
エルダさんはミーラ様とレジーナ様を見て口を閉ざしてしまってる。
そうだった。
悪夢の中でも制服組はドレス組に遠慮ばかりしていたものね。
「ミーラ様、レジーナ様、やはり私は職員室にまいりますわ。先生に呼び出されたのですもの。規律を守るのも学園生としての義務でしょう? さあ、エルダ。行きましょう」
「は、はい」
机の上の教科書をしまって立ち上がると、ミーラ様とレジーナ様はぽかんと口を開けた。
そんなに私が規律を守るのが信じられないのかしら。
まだお茶会で数回顔を合わせただけなのに。
ひょっとしてそこまで私の悪評は広まっているの?
ここから挽回できるのかしら。
「あ、あの……ファラ、様?」
「エルダ、私のことはファラって呼ぶのではなかった?」
「そ、そのつもりでしたけど、あの、まさかファラ様はお貴族様だったのではと……」
「確かにそうだけれど……。せっかく仲良くなれるかと思ったのに、私が貴族だと無理なのかしら?」
「そそ、そんなことはないです! ほ、本当にいいんですか?」
「ええ、よろしくね。私、今まで友達がいなかったから、どう付き合えばよいかわからないのだけれど……色々教えてね」
「任せてください!」
はじめてできた友達というのが平民の子だというのは、ちょっとプライドが許さない気もするけれど、そんなものにこだわってもろくな人生を送れないのは悪夢でよくわかったから。
それよりも一般の子の生活を知るのも面白いかもしれないわ。
「ねえ、さっきのアレ、何ていう食べ物なの?」
「アレ……ああ、キャデよ、です」
「今まで通りの話し方で大丈夫よ。それで、キャデって言うのね?」
「は、ええ。砂糖菓子の一つで、わりと安いから私たちはよく食べるの」
「砂糖菓子……」
「ええ、甘かったでしょう? 粟に砂糖を混ぜて固めているらしいわ」
「へ、へえ? そうなのね」
〝アワ〟が何かはよくわからないけれど、ここは知ったかぶりをしておきましょう。
甘さもほんのりする程度だけど、あれが一般的なおやつってことね。
職員室は食堂とは別の方向にあるから、たくさんの生徒たちとすれ違う。
そこで気付いたけれど、やっぱり制服の子って少ないのね。
あまりにきょろきょろしすぎていたせいか、とんっと誰かの肩がぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ――」
「ちょっと! 平民の分際で私に触れないでくれる? 穢れるじゃない!」
「まあ、ミリアム、やめてあげなさいよ。平民の子が怯えているわ」
はあ? 何なの、この人たち。
誰を相手に偉そうに言っているのかしら?
――と思ったけれど、傲慢な私よ、さようなら。
謙虚な私、こんにちは。
「すみませんでした」
「すみませんで許されると思うの? そもそも平民の分際で廊下の真ん中を歩くなんてずうずうしいのよ」
ええ? この人たち、当たり屋か何かなの?
ちょっと肩が当たっただけなのに、穢れたとかどうとか。
そのうち治療費よこせとか言い出すのかしら。
上級生らしいけれど、顔を見てもどのお家の出身か思い出せないわ。
とにかく性格が悪いのは間違いないわね。
まあ、悪夢の中の私が同じ立場だったら、ここで土下座くらいはさせていたと思うから、まだ優しいほうかしら。
エルダさんはすっかり委縮してしまっているし、さてどうしましょう。




