ジェネジオ6
予想通りに邪魔が入ったことで、思わず笑ってしまったのは仕方ないだろう。
だがシアラ、身を乗り出すのはやめろ。
危なすぎる。
危ないといえば、プローディ様が殿下のボートに近づきすぎていることだ。
本来なら護衛が止めるべきだが、やはり王妃側か。
珍しく殿下がプローディ様に注意をされて事なきを得たが、悪ふざけがすぎるだろう。
お嬢様のお顔の色が本気で悪くなってるぞ。
「ジェネジオ、急いで岸に戻って。お嬢様をお助けしないと」
「ああ」
岸に向かい始めた殿下のボートよりも先に急ぎ桟橋に戻ると、手を貸す暇もなくシアラはボートから飛び降りた。
その反動で激しく揺れるボートに俺がビビるだろ。
勘弁してくれ。
そんな俺のことはおかまいなしに、シアラはお嬢様が戻ってくるのを待った。
どうにかボートから降りた俺は、控えていた使用人たちに指示を出す。
予想通り、お嬢様は気分を悪くされ、急きょ帰宅することになった。
やっていいことと悪いことも判断できないのかよ。
あのクソガキどもが。
っと、中立の立場を忘れるな、俺。
ただ今回のことで、殿下のプローディ様に対する信頼はかなり揺らいだようだ。
シアラにもたれるお嬢様を心配げに見ている様子から、あとは殿下にお任せして俺はさっさと退散したほうがいいと判断した。
どうぞここで頼もしいお姿をお見せください、殿下。
その後は殿下なりに公爵家で采配していらっしゃったという話は聞いた。
相変わらず馬鹿馬鹿しい噂も聞いたが、プローディ様とトリヴィーニ様の婚約も間近だという噂を聞いたときには大笑いさせてもらった。
さすがお嬢様だ。
ほんと、マジで、さすがお嬢様だよ。
いきなり週末までに杖を――学生に手ごろな杖を大量に用意しろ、ときたよ。
それこそ俺が杖一本振れば何でもできると勘違いされていませんかね。
「できないの?」と問われて、「できません」なんて答えられるわけがない。
俺の経歴に〝不可能〟の文字を刻むわけにはいかないからな。
こうなったら意地でもやってやる。
そしてこの機会を利用してやる。
多くの魔導士が所属している魔導士協会の会長でもある学園長と未来のスペトリーノ侯爵に顔を繋ぐ絶好の機会だ。
そうしてどうにか多数の杖をそろえ、杖に詳しい商会の従業員をそろえて対応させることができた。
やれやれ。
問題が起きることもなく、ようやく一息つける。
と思ったらまた呼び出しかよ。
「疲れた。非常に疲れているのに、なぜ俺は昨日の今日でまた呼び出しを受けているんだ……」
「そのわざとらしい独り言はやめてくれない? 耳障りだわ」
「大変失礼いたしました。それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
「――もう耳に届いていると思うけれど、新しいお化粧品のことをみんなに教えたわ。だから進捗状況を聞きたかったの」
「……それだけですか?」
「あら、大事なことよ。待たせるのもいいけれど、忘れられては困るもの」
「まあ、そうですね。ちょうど報告しようと思っておりましたので、お時間を作っていただけて幸いです」
何だ、そんなことか。
その噂も聞いていたから、そろそろ報告しようと思っていたところだ。
今度はどんな難問を言われるのかと思っていたが、自分の流した噂で不安になっていらっしゃったのだとしたら、可愛いところもあるじゃないか。
思わず笑ってしまいそうになったが、甘かった。
非常に、甘かった。
爺さんや親父に散々言われていたじゃないか。
きちんと契約を結ぶまでは絶対に油断するなと。
契約だけじゃない、何事にも油断は禁物だと。
今回の化粧品には自信があるので、三か月後にシアラに使ってもらうのも悪くない。
さらには容器に金をかけるという案も驚きはしたが、面白いと思えた。
それは化粧品だけでなく、他の商品でも通用するだろう。
他商会の扱う商品との差別化するために、テノン商会特有の印を入れて売り出してはどうだろうか。
その印は信用の証となるように。
やはりお嬢様の今までの傲慢ぶりは演技だったのではないだろうかと疑う。
実際は兄君たちに劣らぬ優秀さなのでは?
鎌をかけてみたが、シアラの反応から答えはわかった。
特に演技ではなかったようだ。
だが考えてみればあれほどに優秀な方たちを輩出しているファッジン公爵家のご令嬢なんだ。
覚醒したのかもしれないな。
「別人、というのは言いすぎましたが、ここのところお嬢様とお話をさせていただいていると、十二歳だということを忘れてしまいそうになるのです。ですがまあ、私の考えすぎでした。それでは私は、立派な外見に劣らぬよう中身をより良いものにするためこれからも努力してまいります」
「……ええ、お願いね」
今までのように側だけ――血統や容姿だけでなく、中身――頭脳とそれに伴い性格改善されてきたのだろう。――と、思った俺が馬鹿だった。
油断大敵だよ。




