表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅴ.もう一人の魔法少女
49/62

#48

 



「これが私の過去。あなたにはちゃんと話してなかったよね」


 三つの折れた柱に囲われた地で、黒髪の少女が静かに振り向く。


「別に同情が欲しいわけじゃないし、悲劇のヒロインを演じるのも趣味じゃないけれど、あなたにはちゃんと言わなきゃなって思ったの」


 少女はそよ風のように身を翻した。


 小柄なツインテールの女・レイは何も答えない。


「きっとあなたは、私の祈りをなかったことにするために、あれを願うように言ったのよね?」


 レイはそっと顎を引く。


 彼女が世界の時間を巻き戻すよう言ったのは、半分は少女のためであり、残りの半分は自分のためだった。


 それを果たせば、少女の絶望と後悔はなかったことになるし、自分たちも、最初からいなかったことになる。


 レイは自分を含めた、意志持つ影たちの存在意義を感じられなかった。

 自分らとは相いれない、光の精霊たちを抹消する。

 それは生まれ持った本能として、彼女らに備わっていた。


 だが、それを果たしたところで何になる?

 結局私たちは、どこへ向かう?

 言ってしまえば、自分らは生まれる必要のなかった、言うなればエラーのようなものだ。

 

 レイはそんな思いと共に、キールたちのもとを去った。

 そして、自分らを生み出した少女に手を差し伸べた。


「……ああ、そうだ」


 レイは自分の思惑を口にしなかった。

 この少女に改まって言う必要はないだろう、と。


「けれど私、自分の過去を思い出すうちに考えが少し変わったの」


 華音は口角を上げ、にんまりと笑ってこう言った。



「いっそ十年以上巻き戻して、あの日の事故すらなかったことにしようかな、って」


 二人の頭上では、銀色の満月が煌々と輝いている。

 月食の夜に絶望した少女は、もう自分の行いを後悔したりなどはしていない。


「我ながらいい考えだと思うのだけど、どう?」


 と、華音。


「好きにするがいい」


 相変わらず、レイは無表情だ。


「どの地点に戻ろうが、お前の自由だ」


「特に巻き戻す時間に制限はないみたいだね」


 安心した、と華音が呟いた。


 するとレイは、紅い瞳で少女をじっと見据えるようにし、口を開いた。


「本当にそれでいいのか」


「本当に十年以上巻き戻すのか、ってこと?」


 レイはこくりと頷く。


「そっちのほうがいいもの。あの事故さえなかったことにすれば、私はもっと幸せに生きられる……」


 ぎゅっと握りしめられた、少女の右手。


 己の願いを果たし、平穏な日々を手に入れる。

 そして、最愛の弟を取り戻す。

 そんな彼女の強い意志が、そこには込められていた。


「覚悟はできてるようだな」


「もちろん」


 華音は強気だった。


「先にあの魔法少女と剣士を倒し、最終的に憎きキールたちを倒して七つの叡珠を揃える……。そうでしょう?」


「意識はあったようだな」


 レイは無表情で言った。


「時々だけどね。一番最近だと、あの光の剣士と戦った時ね。あの精霊が核心に迫るようなことを言ってきたのか、急に過去の記憶が断片的に出てきて……」


「私が七つの叡珠を求める理由を訊いてきた」


「それが引き金になったのね」


 華音はすました顔で言った。

 すると華音は、ふと何かに気づいたようにぴたりと止まり、レイにこう言った。



「ところで、あなたはずっと私の意思に介入されずに行動してた――つまり、本当に体だけを借りてたんだよね?」


「そうだが」


「それなら、私に考えがあるの」


 それから華音は一呼吸おいて言った。



「これからは、私の意思で戦いたいんだ」


 レイの銀色の髪が、かすかに揺らめく。


「戦いの全てをあなたに委ねるんじゃなくて、ちゃんと私の意思で戦いたいの。全てを取り戻すために、この手で七つの叡珠を揃える……」


 レイは静かに息を洩らす。


「……好きにするがいい。私に異論はない」


 またしても、彼女はぶっきらぼうに言った。


 だが、ほんのわずかに驚いてもいた。


「戦い方は、その体に刻み込まれているはずだ」


 レイは華音の真正面で、右手を差し出す。


「ええ、ちゃんと感覚は分かってる。だから必ずやってみせるわ」


 華音も手を伸ばし、意志持つ影で最も高い魔力を誇る女・レイと融合する。



 初めて出会った夜と同じように、互いの瞳を真正面から捉えながら、溶け合うように一体化する。


 だが、今度はレイが少女の肉体を乗っ取るのではなく、強い意志を持った少女が、闇の魔力を授かった。


 自分から奪われたすべてを取り戻し、平穏な日々を手に入れるために。


 一対の異なる色の眼が、ぼんやりと光る。


「まずは、あの『カナデ』とかいう少女を倒せばいいのね?」


 と、華音の声。


「くれぐれも、油断はするな」


 同じ肉体で、今度はレイが言った。


 闇の魔法少女は、黒いローブを靡かせ、銀色の満月を背に跳躍した。



 *******



「僕は一体……?」


 ノイジアが目覚めたのは、冷たい床の上だった。


 狂気を帯びて光っていた目は落ち着き、暴走状態だった彼自身も、暴れ出すことはなかった。


「気づきましたか」


 その傍らで、キールが言った。


「過度な暴走状態で、結界を壊されかねなかったのでね。私の手に負えるうちに一度止めさせていただきました」


「暴走……止め……?」


 少年は頭を押さえながら、混濁した意識の中で記憶をたどる。


 すると記憶の一部がよみがえり、ハッとしたノイジアは焦るように言った。


「あの魔法少女と剣士はどうなった⁉」


 彼は床から立ち上がり、キールのほうを向く。


「撤収させましたよ。代わりに私が戦うのもなんですし」


 キールが冷静に言うと、少年は取り乱したように手をわなわなとさせた。


 そして、高身長の青年をキッと見上げた。


「どうしてそこでやらなかった! あそこで倒せば、邪魔者はいなくなるってのに――」


「私は戦いが嫌いです」


 キールはギロリと睨むように、少年を抑圧するように言った。


「……何度も言わせないでください」


 ノイジアは諦めたように、口を閉ざす。



「それに……この際だから言っておきましょう。我々の障壁となる存在は、あの二人だけではない、と」


 キールは銀縁眼鏡の奥で、目を伏せる。


「レイという女がそれに該当します。彼女はほんの一時期ここに身を置いたのち、七つの叡珠のうち

三つを持ち去った、いわば裏切り者です。彼女は一人の人間の身体を借り、独自に七つの叡珠を揃えようと暗躍しています」


「レイ? そんな名前聞いたことないけど」


 ノイジアは眉をひそめた。

 そんな彼をあえて無視するように、キールは続ける。


「さらに面白いことに、彼女が借りているのは、我々を生み出した張本人。これは私の推測なのですが……彼女らは結託して、我々の存在を最初からなかったことにするつもりです」


「へえ、確かに面白いね。けど何でわざわざ?」


「何でも、その少女は私に強い憎しみを抱いてるのだとか。目の前で、兄弟と思しき人間を殺められたからでしょうか」


 と、非情な青年は他人事のように言った。


 ふうん、とノイジアは冷めた瞳で言った。


「揃えられると一番厄介そうなのは、そいつみたいだね」


「我々以外の誰にも揃えさせませんけどね」


 まあね、とノイジアは言った。


 するとキールは、何かを思い出したように、ノイジアをちらりと見やった。


「ところで、先ほどの戦闘で叡珠は奪えたのですか? あれだけの魔力を注げば、それなりの収穫はあるはずなのですが……」


「ああ」


 と、ノイジアは外套の内ポケットを探る。


「奪えたよ」


 白い手の上で、オレンジ色の宝玉が光る。


 その光は少年の目をくぎ付けにさせ、離さない。


 彼の意識はだんだん叡珠に吸い込まれていった。


「上等です。さあ、こちらへ」


 と、キールは自分に渡すよう促した。


 が、少年の返答はない。

 彼はぼんやりと、叡珠の光に見入ってしまっている。


「何をしてるのですか。さあ、早く」


 ノイジアは、完全に宝玉の光に取り憑かれていた。


 渡してもらう気配はなく、彼は仕方なく、少年から無理やり叡珠を取ることにした。

 キールが黒い手袋の右手を伸ばした、その時。


 ノイジアがそれに気づき、慌てたように叡珠を引っ込めた。


「何言ってるの?」


 ノイジアは警戒心を剥き出しにした目でそう言った。


 何かがおかしい。

 そう思いながらも、キールは宝玉を渡してもらうよう働きかける。


「だから言ってるじゃないですか。それを渡しなさいと……」


 だが、ノイジアが次に言い放ったのは、予想外の言葉だった。


 

 ――「これは僕のだよ?」


 そんな彼の眼は、正気を失っていた。


「何を言ってるのですか。それは我々の希望を叶えるのに必要な……」


「そっちこそ、何を言ってるの?」


 ノイジアは宝玉を庇うように、じりじりと後ずさりする。


「これは、僕のだよ?」


 うわごとのように言う少年は、宝玉を自分の身体に引き寄せる。


 キールは急いでそれを奪い取ろうとしたが、時すでに遅し。宝玉は胸の中心で、少年の身体に入り込まれてしまった。



 少年の内なる魔力は、万能の祈りのピースと融合し、吹きすさぶ嵐のごとく、肉体(うつわ)を突き破って暴走し始めた。

 そして、彼自身に異常な反応が起きるまでにも、さほど時間を要さなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ