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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅴ.もう一人の魔法少女
46/62

#45

 




「やっぱり、僕のせいだ」


 泣きそうな声でそう言ったのは、中学校に進学した詩苑だった。

 黒々とした髪が、俯きがちな顔を隠している。


「僕がこんなに軟弱で、情けない奴だから……」


 だから、お姉ちゃんまで……。

 彼の声は徐々にかすれて消えていった。


「詩苑は何も悪くないよ」


 と、華音は首を横に振った。


「全部、変な噂を広めた奴が悪いんだもの」



 二人は、中学校で陰湿ないじめを受けるようになっていた。



 華音たち姉弟の噂は、小学校時代からひそかに広まっていた。

 いつぞや話題になっていた『奇跡の姉弟』の一人ではないか、と。


 当然見た目は成長し、大きく変わっていたが、学級名簿のトップに書かれたその特徴的な名字で、十年近く前の事件を思い出す保護者は少なくなかった。


 同級生の中に当時のニュースを覚えている者はいなかったが、保護者の誰かがそれを言い出し、それが一瞬にして広まった。


 小さいころに親がいなくなって可哀そう。

 誰の家で育てられたんだろう。


 陰でひそひそと言われたことは何度もあったが、この時は、露骨な嫌がらせなどはなかった。


 たとえそのことを匂わすような、軽い冷やかし文句を同級生に言われても、彼女はすぐに言い返すことができたため、それがエスカレートすることはなかった。


 事情を知っていた担任が何も言わず、他の生徒と同等に接してくれたのも幸いし、彼女は変わらず、クラスの中心で明るい生徒として振舞い続けていた。



 だが、華音が中学二年生になり、詩苑も進学して以降、事態は悪化した。


 彼は小学校の最後の二年はほとんど登校しなくなっていたが、中学校の入学式以降、一か月ほど学校へ通った。


 本人はあまり乗り気ではなかったが、両親に「いいかげん学校に行け」としつこく言われ、学ランを着てしぶしぶ登校した。


 いざ教室に入ると、本人の想像通り彼はクラス中から奇異の目で見られ、中には席を取り囲んでからかってくる集団もいた。


 それでも彼は今まで通り、無言で俯いたまま彼らを無視してやり過ごした。



 彼は教室内では自ら望む形で孤立したが、帰り道は姉と共に過ごした。


 鴉衣姉弟が二人で歩いている場面はたちまち話題になった。


「華音と二人で歩いてたの、誰?」


「まさか、彼氏? うっそー」


「多分弟だよ。 不登校の弟がいるって聞いたことあるもん」


 と、華音の同級生。



「あいつ、教室じゃ何も喋んないくせに女子と歩いてやがんの」


「うわ、うぜー」


「生意気ー」


 と、詩苑の同級生も、陰で好き放題話していた。


 二人はそのことを直接聞かれると、それぞれ、自分の姉弟だと簡潔に話した。


 それを聞いた同級生の中には、あれが噂の、と納得する者もいたし、恋愛関係じゃないのかとつまらなさそうにする者もいた。



「そんな、彼氏なんかいないって」


 と、華音は困ったように笑っていたが、その笑顔は数日で消えた。



 ある日の朝、華音が教室に入ると、黒板の右端に何かが書かれているのに気づいた。

 何だろうと思い、それを読んだ途端、彼女の顔は青ざめた。


「何、これ……?」


 そこには白いチョークで、『アイカノンの弟=変人』と書かれていた。


 字はあまり綺麗とは言えず、その上筆圧も薄い。


 まるで、その文が本人に気づかれるかどうか試しているような、そんな悪意を彼女は感じた。


「誰がこんなこと……」


 彼女はしばらく黒板の前に立ちすくみ、そして悪意の文をさっと消した。


 そして何事もなかった風を装い、早足で席に着いた。



 華音は最愛の弟を悪く言われ、とても腹立たしい気持ちになった。


 詩苑が不登校で、かつ人一倍無口で『変わり者』と見なされるのも事実だったが、なにもそこまで言わなくたっていいじゃないか。

 わざわざ、こんなことをしなくたっていいじゃないか。と。


 結局落書きの犯人は見つからず、誰も申し出ないどころか、彼女への嫌がらせは日に日にエスカレートした。


 その頃詩苑のクラスでは、彼は「姉がいなきゃ何もできないヤツ」と揶揄されるようになり、彼は一層孤立した。


 ほっとかれる分にはむしろ都合がよかったし、直接何かを言われても無視すればよかったが、そんな彼にも怒りのスイッチはあった。




 ――「いい加減にしろよ‼」


 詩苑が怒鳴り声をあげ、自分のハサミを投げつけたのは、自分にわざと聞こえるように、姉を悪く言われたためだった。


 姉を悪く言われたのはもちろん、自分の反応を横目でちらちら(うかが)うような態度そのものが、彼の神経を逆なでた。

 幸い誰もけがはしなかった。


 だが、ほとんど口を開かない彼が声を張り上げ、さらに危険な行為に出たことで、その場にいた全員が凍り付いた。


 その話はすぐに学校中に広まり、華音の耳にも入った。


 しかし、行動を起こした原因は都合よく抹消され、ただ彼が『怒鳴りながらハサミを投げた』という話だけが独り歩きしている状態だった。


 さらに、誰が言い出したのか、華音は「姉弟そろって実はヤバい奴」と言われるようになり、彼女まで、徐々に周りから避けられるようになった。


 

 一連の騒動の翌日以降、詩苑はまた学校へ行かなくなった。


「あいつ、また学校来なくなったな」


「怖くなって逃げたんじゃないの」


 自分たちのしたことは棚に上げて、クラスメイトたちはそんなことを口々に言った。


 彼はまた、愛用のヘッドホンで音楽に聞き入る日々に戻った。




「ただいま、詩苑」


 それでも愛する姉は、毎日帰ってくるたびに一番に彼に会いに行った。


「お帰り、お姉ちゃん」


 詩苑は、姉の表情が日に日に暗くなっていることに気づいていた。


 僕が原因で、お姉ちゃんまで。

 彼はそう確信した。


 詩苑は徐々に胸が締め付けられる感覚になり、その思いが口をついて出た。



「やっぱり僕のせいで……」


「違うの! 詩苑は何も悪くない!」


 と、華音は慌てたように言い、それからハッとなって口を押えた。


 今のでばれてしまった、と。


 事実、クラスの中心で輝いていたはずの華音は、いじめられるようになっていた。


 黒板の端の落書きに始まり、やがて、無視されるようになったり、わざとぶつかっては極端に避けられたりと、陰湿さを増していた。


 さらに十年前の事件を引っ張り出し、『あの二人に関わったら自分が交通事故に遭う』と、根も葉もない噂を流す者もいた。


 それらは担任の耳に入り、ホームルームのたびに、いじめはやめましょうと、定型文のように言った。


 だが、大人の口先だけの言葉で収まるほど、彼らのいじめというのは簡単なものではない。


 リーダー格が直接注意されたところで、表面だけで反省している風を装い、裏では舌を出してへらへらしている。


 その周りも、逆らえば今度は自分が標的にされると、怖がって声をあげない。


 怖がって、誰も手を差し伸べない。


 とりあえず多数派についていたい。

 「浮いてる」、「空気が読めない」と言われるのが怖いから。


 仲のいい友人ですらも、周りの圧に抑えられてしまっている。


 だから、今の私に唯一味方してくれるのは――。



 華音は視界がじんわりとぼやけるのを感じ、慌てて詩苑に抱き着いた。


「お姉、ちゃん……?」


「詩苑は本当に立派だったよ」


「え、何が……?」


 詩苑は自分が褒められる理由が分からず、困惑する。


 大人から何を言われても、『自分は学校に行かない』という意志をちゃんと貫いたこと。

 ただ周りに言われるがままにするのではなく、ちゃんと自分の頭で、どっちが自分にとっていいか考えられること。

 華音はただ、弟を肯定する。


 実際詩苑は、時々担任からかかってくる、「クラスのみんなが待ってるよ」という上辺の電話にも、決して揺るがなかった。



 とめどなく、華音の言葉が溢れ出る。


「詩苑は勉強もすごくできるし、集団でしか人を叩けない弱虫たちよりも、ずっとずっと立派だよ」


「そう、かな」


 華音は頷きながら、軽く嗚咽する。


「口ばっかりで、結局何も助けてくれない大人たちよりも、ずっとずっと立派だよ」


 それは、担任の教師のことでもあり、育て親のことでもあった。

 両親は相変わらず冷たく、再び学校に行かなくなった詩苑のこともすっかり諦めていた。


「僕を褒めてくれるのは、お姉ちゃんだけだ」


 と、詩苑は一筋の涙を流した。



「これからは、昼も夜もずっとお姉ちゃんがそばにいるからね」


「……え?」


 詩苑は慌てて顔をあげた。

 華音はすっかり涙の乾いた顔で、優しく微笑んでいた。


 そして、こう言った。


「勉強は、詩苑が教えてくれるよね?」


 まさか、と思っていたことが確信になり、詩苑はだんだん笑みがこみ上げてくるのを感じた。


 ずっとお姉ちゃんが家にいる。いつでも会える。

 お姉ちゃんが嫌な目に遭わなくなる。


「……うん!」


 詩苑は、笑顔で頷いた。


 こうして翌日以降、かつてクラスの中心人物だった華音は、登校を拒否し、自分の城に籠るようになった。

 もう、周りに言われるがままにしなくてもいいのだと、華音は弟に倣い、自らの意思を優先した。


 クラスメイトたちは間違いなく、私の悪口を好き勝手言うだろう。

 けど、好きにすればいい。


 と、華音は心の中で、自分の属するクラスに別れを告げた。




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