#43
少年の闇の魔力は、冷たい身体の中で激しく渦巻いていた。
それは火山のマグマのように、また嵐の海のように激しくうねり、自らを覆う身体すらも突き破ろうとしていた。
「おらぁっ!」
少年は内なる魔力を出し惜しみすることなく、鎌を振り続ける。
二人は別々の方向に飛び、回避する。
「『プラズマスラッシュ』!」
ヤビイの華麗な斬撃。
黒い外套が翻り、攻撃は避けられた。
その隙に、奏の攻撃魔法。
「『フラッシュ・アローズ』!」
無数の光が魔法陣から放たれる。
またしても少年は、攻撃をひらりとかわす。
「クソッ、余裕かましやがって……」
戦況は明らかに少年がリードしていた。
ヤビイも奏もなかなか攻撃が当たらず、また、範囲の広い攻撃に耐えるので手一杯だった。
「言ってるでしょう? 君たちをここで潰すって……」
少年は煽るような口調で言った。
だが彼は口先だけでなく、本気で光の戦士たちを戦闘不能にしてしまいそうな勢いだ。
一対の紅い瞳が、カッと光る。
「君たちはここで終わりだよ‼」
ノイジアが鎌を振り上げた瞬間、彼を覆うオーラが、一瞬だけ爆発するように燃え上がった。
奏とヤビイは、最大級の攻撃が来る、と身構えた。
――だが、巨大な刃は飛んでこなかった。
「う、っ……!」
少年は大鎌を振り下す寸前、地面にうずくまった。
苦しそうに胸元を抑えている。
「何が起きてるの……?」
奏は眉をひそめる。
「あの感じ、魔力切れを起こしたわけじゃなさそうだな……」
彼はまだ、どす黒い魔力を纏っている。
ヤビイは奏を制しながら後ずさりする。
再び、黒い魔力が爆発した。
「むしろ逆だ!」
「じゃあ、つまり……」
奏は息をのむ。
「ああ。……あいつはさらに暴走しようとしてる!」
ヤビイがそう言うと同時に、少年はゆっくりと動きを見せた。
「……ぅぅうッ……!」
地を睨む紅い瞳は、より凶暴さを増していた。
「逃げろ、奏!」
ヤビイは叫ぶように言った。
「ヤビイも‼」
奏は高く跳躍しながら、咄嗟に剣士の手を引く。
――「ぁあああァアアアァッ‼」
暴走した影は咆哮しながら、天を切り裂くように、空中の二人に襲い掛かった。
「ぁあっ!」
「っ……!」
二人は回避できず、地面に突き落とされた。
「ァア、あアァあぁああ――!」
暴走状態の少年は鎌を振り上げ、追い打ちをかけた。
――かに思えた。
「ァアアッ‼」
大きな弧を描いた鎌は照準を定めず、全く見当違いの場所を空振りした。
打ち付けられた地面が、大きく揺れる。
「あいつ……!」
「ゥウッ……!」
少年はまたも標的を見ず、黒いオーラを纏う大鎌を振った。
不死身の少年は完全に正気を失ったように、凶暴な魔力を振り撒き続ける。
「あいつ、自分で制御できない状態になってるぞ!」
少年の闇の魔力は、彼の理性を喰らい尽くし、宿主を獣同然の状態にした。
巨大な刃を振りかざしながら、空間を暴れ続ける。
「ァアッ‼」
轟音とともに砕け散る、岩の破片。
「……ッ、ゥウッ……!」
艶やかな髪を振り乱しながら、少年はまた胸元を抑えた。
闇に支配される彼は苦しみに喘ぎながら、うずくまっている。
「あんな状態になりやがって……。アイツ、このまま破滅する気かよ!」
「ずっと、あのままなのかな……」
「奏?」
ヤビイは奏の言葉に引っかかり、視線を寄越した。
「どういう意味だ?」
「あのね、ヤビイ」
奏は、以前聞かされたノイジアの性質について話した。
彼が不死身なのが本当なら、彼は永遠に苦しみ続けなきゃいけないのか、と思いながら。
「何だって……? だったらアイツは……」
ヤビイが真っ先に考えたことは、奏と同じだった。
どんなに毒を注がれようが、どんなにボロボロになろうが、ノイジアという少年は死なない。
そんな彼は今、自分で制御できないほどの力に苦しんでいる。
少年は闇の中で歯を食いしばり、息を荒げている。
「このままじゃ、ノイジアも私たちも危険だよね……。私、止めてみるよ!」
「ああ、ありがとよ!」
奏は暴走状態の少年にステッキを向け、巨大な魔法陣を浮かび上がらせていた。
「あんなモン見せられたら、こっちまで息が詰まっちまうよ……」
奏は力強く頷いた。
少年を支配する魔力を、少しでも和らげられたら。
そんな思いで、彼女は強い攻撃魔法を発動する。
――「『エコーズショット・フルバースト』!」
強烈な攻撃魔法が放たれ、その反動で彼女は後ろに押された。
少年の紅い瞳が、奏の魔法に気づいた。
「……ッ!」
黒いオーラを纏う白い手が、淡い光の砲撃を軽々と跳ねのけた。
光の残響は、暴走状態の彼には届かなかった。
「そんな……」
「クソッ、だめか!」
少年がさっと立ち上がり、とうとう反撃に出た。
少年は大鎌を振り上げながら、逃げる二人に捨て身で飛びかかった。
「ァアアああぁあっ‼」
慟哭にも似た雄たけびを上げて、鎌を薙ぎ払う。
二人はどうにか回避し、刃は空を切った。
「クソッ、どうすりゃいいんだよ!」
このままでは、奏もヤビイも身が持たない。
かといって、戦線を離脱しようにもその術がない。
万事休すか。
二人が同時にそう思った矢先。
「――ぁあ、ああああぁ……!」
突然、少年の咆哮が弱まった。
「なんだ……?」
奏とヤビイは足を止め、振り向く。
「っ……⁉」
目を丸くした奏の視線の先。
そこには、大鎌を手放した少年が地面に倒れていた。
少年が起き上がる気配はない。
――「ここで暴走されると、面倒なのでね」
その背後には、黒いロングコートを羽織った青年――キールが、指をピストル状にして立っていた。
「テメエ、どうしてここに……」
「決してあなたたちを助けたわけではないので、どうか勘違いなさらずに」
キールは黒い手袋をはめながら淡々と言った。
「さぞ長期戦になったことでしょうし、今日はここまでにしておきなさい」
「今日は」という部分を強調するように言いながら、キールは指を鳴らして結界を消した。
死闘を予感させた戦いは予想外の展開に終わり、二人は無事ではいたものの、後味の悪さを覚えながら戦場を後にした。
*******
奏は結界に入る前のことを思い出し、友人と別れた――友人にもう一つの姿を見せた場所へと移動した。
だが、日はすっかり暮れていて、友人たちの姿もなかった。
「やっぱりいないか……」
すると奏は、ここであることに気づき、背中に冷や汗が流れた。
「ヤビイ、私必殺技撃ってない……」
「……あ!」
ヤビイも今まで気づいていなかった。
というより、あまりに予想外な展開が立て続けに起き、そのことをすっかり忘れていたのだ。
「ってことはみんな、私のあの姿、覚えてるってことだよね……」
ヤビイも眉をひそめた。
「……ああ」
奏は、友人たちとの今後が心配になった。
本来ならありえない姿を突然見せられ、皆はどう思ったか。
不気味がられたり、信頼を失ったりはしていないだろうか。
コンクールお疲れ様、と家族に労われても、奏はそんな不安に襲われっぱなしだった。
「(なんて言えばいいんだろう……)」
夕食を終えて自室で携帯を開くと、無料通話アプリ『CONNECT』の通知が届いていた。
アプリを開くと、吹奏楽部に再入部すると言っていた友人・冨上稜が、今日集まった五人のグループを作成していて、こんなメッセージを送っていた。
『明日、アイス食いに行かね?』
『俺がおごるからさ!』
彼は決して、奏を仲間外れにはしなかった。
メンバーのうち、麗音が既に返信し、彼は行く気満々だった。
奏が返信を打っている間に雅斗も了承していた。
少しためらいつつも奏も返信し、その数分後に泉美からのメッセージも届いた。
幸い、五人全員の都合が合い、明日集まることが確定した。
彼らの中で、今日の彼女のことは誰も責めなかったし、話題にもしなかった。
後日、五人はコンビニで各々好きなアイスを選び、約束通り稜が全て支払った。
「トガミン、太っ腹ー!」
と麗音がはやしたてるように言った。
「へへっ。まあなー」
言われた本人は満更でもない笑みを浮かべた。
五人は近くの公園で場所を見つけ、そこに座って食べた。
雑談をかわし、ある程度話題が尽きたところで、奏は切り出した。
「……昨日のこと、なんだけどさ」
奏は俯きがちに言うと、四人は不思議そうな顔をした。
「昨日のことって……」
が、四人はそのことを忘れているわけではなかった。
「ああ、あれか!」
稜はポンと手を叩いた。
「うん。いきなりあんな姿見せられて、みんな怒ってるかなって……」
「はぁ?」
最初に口を開いたのは麗音だった。
「怒ってるわけねーだろ。あの変な怪物から俺達を守ってくれたってのに。なあ、泉美?」
「そうよ。確かに急に姿が変わったのはびっくりしたけど、私たちを守ってくれたのは事実だもの」
うんうん、と、雅斗も頷く。
「ていうか俺、未だにあれ夢だと思ってるし」と、稜。
「みんな……」
それもそうなんだけど、実は前から私は魔法少女で、みんなにずっと隠してたの。
奏はそういいかけたが、やめた。
言ってしまうと、孤独感を覚えながら一人で戦っていた、未熟だった頃の自分を引きずり出してしまうから。
今の彼女は真に覚醒したし、共に戦う仲間だっている。
人々の見えないところで悪と戦う魔法少女として、誇りを持てる。
「私のこと、他のみんなに黙っててほしいな」
四人の答えは、当然イエスだった。
決して上辺などではなく、心から、大切な友人の大切な秘密を絶対に守ると、そこにいる全員が誓った。
「トガミン、うっかり話すんじゃないぞ?」
と、雅斗がくぎを刺すように言った。
「何で俺なんだよ⁉」
他のみんなが一斉に笑い出し、あたりは温かい空気に包まれた。
「ありがとう、みんな」
奏はそう言いながら、魔法少女の自分にさらなる波乱が訪れると、漠然と予感していた。
本当の嵐はこれからやってくる。と。




