#42
闇に覆われていた少女の身体が、宙に浮いて激しく光った。
死闘を繰り広げていた剣士と少年は、同時にそちらを見、少女の復活の時を目に焼き付けていた。
霧が晴れるように、少女に纏わりついていた闇が消えてゆく。
胸に飾られた石から光の魔力が湧き出し、穢れが払われるように、黒い衣装が徐々に淡いピンク色に変化した。
燃え尽きた灰の色をした髪も、きらびやかな金色に戻ってゆく。
しおれていた花が光を浴びて、再び華やかさを取り戻すように、少女は闇から完全に復活した。
激しい光が止み、浄化された少女は目を覚ました。
「あれ、私……」
奏は静かに地に足を着けた。
精神世界での記憶はおぼろげで、奏はしばらくきょとんとした様子だった。
「私今まで……」
「奏!」
ヤビイは彼女に駆け寄る。
「わ、っ!」
「よかった……。本当によかったよ奏……」
ヤビイは感極まり、思わず彼女に正面から抱き着いた。
「え、何? 何かあったの……?」
「……危うくマズいことになるところだったよ」
ヤビイは彼女にショックを与えないよう、婉曲な表現でそう言った。
その声はいつもよりくぐもっていて、ひどく落ち着いていた。
「ヤビイ……?」
奏は不思議そうに、ヤビイの顔を見上げる。
ヤビイは顔を背けながら抱擁を解き、嬉しさと安堵感で溢れ出たものを必死に隠した。
「……あんまり俺の顔見るな」
精悍な光の剣士は、決して涙は見せない。
ヤビイは手の甲で目元を拭うと、軽く咳払いした。
「……何でだよ」
少年の不機嫌を露わにした声が、喜びに包まれた空気を叩き割った。
真っ黒なオーラが、燃え盛る炎のように彼を包んでいる。
「……何で、そうなるんだよ。あと一歩だったのに!」
ヤビイは警戒する。
厄介なものが来るぞ、と。
「そんなの一言も聞いてないんだけど!」
少年は喚くように言った。
「……もういい」
ノイジアは後ろ手に、巨大な細いシルエットを顕現させる。
白い手がそれをがっちりと掴むと、その正体が明らかになった。
「あれは……?」
巨大な鎌だ。
長い柄の先端に鋭く重厚な刃を持ち、一振りでかなりの範囲に斬撃が当たる。
それを持った少年は、魔王でもあり、また死神でもあった。
「お前ら、まとめて潰してやる!」
憎しみに満ちた声で言いながら、鎌が振られた。
「危ない!」
ヤビイは急いで、奏をかばいながら回避する。
それでも鎌は、首を狩るかのごとく光の戦士たちを追い続ける。
「消えろ!」
紅い瞳がギラリと睨む。
奏は振り向き、白いステッキを向けながら詠唱した。
「『パレスウォール』!」
城壁をかたどったバリアが現れた。
透き通っていながらも強度の高い、奏の防御魔法。
が、ノイジアは構わず大鎌を振り下ろす。
「脆いんだよ!」
バリアはあっさりと破られ、透明な破片が空間に散らばった。
「だああもう!寄越すモン寄越したんだからとっとと帰せよ!」
「黙れッ!」
ヤビイは煌めく剣を構え、少年の鎌に対抗した。
「黙んねーよ!」
刃の切っ先がぶつかり合い、ガチャンと鋭い音を鳴らした。
「ヤビイ!」
刃がひっきりなしにぶつかり合う中、奏が不安そうに叫ぶ。
「なに、俺なら心配いらねえよ!」
剣士は隙を見つけ、一歩引いた。
剣が振り上げられてから技が繰り出されるまで、ほんの僅か。
精霊の剣は刹那、魔力によって攻撃範囲が大幅に広がった。
――「精霊、ナメんなよ!」
ダイナミックな斬撃。
水色の光で拡張された巨大な刃は、かすかに少年に当たった。
「チッ……!」
少年はすぐさま体制を立て直し、再び大鎌を構えた。
「僕に勝てると思うな!」
鎌が振られ、闇の衝撃波が音速で空中を走る。
「がは、っ!」
ヤビイはよけきれず、地面に崩れ落ちる。
起き上がりながら武器を再び構えるヤビイに、襲い掛かる黒い影。
「滅べ!」
追い打ちをかけるように、ノイジアが鎌を振り上げた瞬間。
――「『エコーズショット』!」
光の砲撃が当たり、少年は怯んだ。
「奏……」
「ヤビイが戦うなら、私も戦う!」
と、奏はヤビイの傍へ移動しながら凛々しく言った。
「相手がとても強いのは分かる……。けど、私だけが逃げているわけにはいかないよ」
奏が白いステッキを構えながらそう言うと、ヤビイは嬉しそうに、目を伏せて微笑んだ。
やっぱり、お前を魔法少女に選んだ俺は間違っていなかった。と。
「ああ……。お前はすっかり一人前の魔法少女だ」
ヤビイは奏の隣で、剣を構える。
「本気でぶつかるぞ、奏!」
「うん!」
二人は肩を並べ、凛々しい瞳で、目の前の強敵を真っすぐに見た。
華麗なる光の魔法少女と、煌めく光の剣士。
それぞれの淡いピンク色と水色のオーラは、今まで以上に輝かしく、神々しく。
「お前らまとめて潰してやるよ……!」
そんな彼女らを前に、大鎌の悪魔は、より闇のオーラを増す。
これが今までの中で一番の死闘になるだろう。
この時の光の戦士たちは、そう確信していた。