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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅳ.加速する闇
41/62

#40

 



 少年は飢えていた。


「もっと……魔力が欲しい……」


 地面にべったりと座り込み、頭を抱え俯く少年。

 彼の紅い瞳は、今にも消えそうな炎のごとく不安げに揺らいでいる。



「この力じゃ足りない……」


 震えた右手をそっと下ろす。

 黒のグローブに封印された白く繊細な手は、時々思い出したように鈍く疼く。


 光の戦士との戦いが、少年を渇望させる大きな引き金になった。

 少女の神々しく眩い光を、自らの手で闇に染め上げ、堕ちてゆく様を目に焼き付けたい、と。


 遠くから、小気味いい靴音が近づく。


 少年は力なく顔をあげ、その名を呼ぶ。

 その顔は必死だった。


「魔力が欲しい……。持てる限りの……僕が持てる限りの……」


 すがるような彼に、青年は微笑んでいた。


「何なりと」


 青年は黒い手袋を外した。


「魔力なら、持て余すほどありますからね」


 青年の細い指が、慈悲深く少年の顔に触れる。


 魔力に飢えた少年は、もはや他者に触れられても気にしなかった。


 綺麗な輪郭をなぞる手つきは、まるで飼い犬を手なずけているようだった。

 キールは立ったまま、少年の首元へ、そして胸元へと手を滑らせた。


 胸の中心に手の平を押し当て、魔力を注ぐ。


 己の身体を満たすものが注がれるたびに、少年は幸福感を覚え、心までもが満ちていくのを感じた。

 


「ぁあ……もっと……もっとちょうだい……」


 少年は長い前髪の間からキールを仰ぎ見る。


 ひっきりなしに注がれる闇に満足感を覚えながら、右手をそっと浮かせる。

 そして、青年の手首をぎゅっと握り返し、自分の胸に手の平を強く押し付けた。



「この身体がはちきれるくらい……」


「おや、もっとですか? ……いいでしょう」


 青年は拒否しなかった。


 魔力はひっきりなしに注がれ、少年の身体の一部として取り込まれてゆく。



「相変わらず冷たい手……」


 キールは独り言のように言った。


「どんなに多く闇を注いでも、この手に熱が宿ることはないのでしょうね……」



 どれだけ魔力が注がれても、青年の魔力が枯渇することはなく、少年の姿が変わるまで、一連の儀式じみたそれは続いた。



 *******



 少女の纏う光は、強力な闇によって沈められた。


 その異変にヤビイが気づいたのは、少ししてからだった。


 宙に吊られたまま、力なくぐったりとする奏を見た途端、ヤビイは強い絶望感に襲われた。


「ぁ、ぁああぁ……ぁああぁぁ………」


 飛行生物の消滅によって、毒の効果は少しずつ和らいでいた。

 が、あまりの絶望感で、ヤビイは未だに毒の影響が残っているかのように、茫然と立ち尽くしながら、意味を成さない声を絞り出すしかなかった。


 満足気に微笑むノイジアが精霊のほうを向いた。


「やっと気づいた? けど残念」


 もう遅いよ。

 そんな少年の言葉が、無音の空間の中で嫌に響いた。



 俺が雑魚たちを相手にしている間も、奏はきっと苦しんでいた。

 なのに俺は最後まで気づかなかった。


 あの日みたく、俺はまた大切な仲間を――。


 と、過去にけじめをつけたはずの光の剣士は、ほんのわずかの間、自責の念に駆られた。


 が、ヤビイは目の前の敵への怒りのほうが(まさ)っていた。



「……どうして」


 ヤビイの両腕がわなわなと震える。


「どうしてそんなことしたんだよ……!」


「え? どうしてって……」


 少年は一瞬答えに詰まらせたのち、にやりと微笑んだ。



「『僕がそうしたかったから』、かな」


 無音の空間に緊張感が走った。


「この前彼女と戦って、僕の中で衝動が起きたんだ。――『あの眩い光を、この手で闇に染めたい』ってね」


 少年は、意識を手放した少女をうっとりと見つめる。


「あんな感情は初めてだったよ。何かに強く突き動かされ、心から何かがしたいって思ったことなんて、僕は今まで一度もなかった……」


 少年は、この世全てを嗤う悪魔の笑みを浮かべ、こう言った。


「……だからこの少女には、心から感謝してるよ。『僕を満たしてくれてありがとう』って」


 するとその時、空間に鋭い鋼の音が響いた。


 少年は音のした方を見る。

 精霊が俯きながら、剣を地面に強く突き立てていた。



「……ノイジア」


 ヤビイはここで初めて、少年の名を呼んだ。


「テメエは他の敵たちと比べりゃ、まだマシな奴だと思ってたよ」


 ヤビイは深く、息を吸った。


「あのお色気女や似非紳士野郎よりイライラさせられねえし、下手したら、いずれ分かり合える日が来るんじゃないかとすら一瞬思ってたよ」


 精霊の深い深呼吸。


 束の間の沈黙ののち、金色の瞳が髪の間からギラリと少年を睨んだ。


「……けど、一瞬でも期待してた俺がバカだったよ」


 バチバチバチと、青い雷が精霊の身体に走る。

 



 ――「ああ、とんでもなく大バカだったよ‼」



 ヤビイは鋼の剣を振り上げた。


「戻せ……。今すぐ奏を戻しやがれ!」


 ヤビイの怒りの一撃。

 轟音とともに剣が振り下ろされた。


 激しい斬撃は稲妻を纏って地を走り、真っすぐに少年に向かっていた。


「チッ……!」


 ノイジアは舌打ちし、長い髪を振り乱しながら、遠隔で捕えていたいた少女の方へ回避した。


 その流れで彼は、麗しき姫を(さら)う王さながら、灰色の髪の少女を片腕に抱きかかえた。


「テメエ……。奏をどうするつもりだ!」


 怒りに震える精霊。


「別にそのまま抹消するとか、変なことはしないよ?」


 すました顔で、少年は答えた。


「どうせなら、これから僕たちが創る『新たな世界』に連れて行って、そこで新たな生命として過ごしてもらおうかな……」


 右手をヤビイのほうへかざすと、彼の涼しい顔が、一瞬にして狂気に満ちた。


「……永遠にね!」


 一斉に、破壊的な闇が濁流のごとく放たれた。


 それを紙一重で避けヤビイ。


「新たな世界とやらが何なのかよく分かんねえけど、そんなことさせっかよ!」


 精霊の手から青い雷が走る。


 黒い外套が軽やかに翻った。


「……そんなことしていいの?」


「なんだよ」


「あまり無闇に攻撃すると、彼女に当たっちゃうかもよ?」


 と、少年は腕に抱かれた奏を見下ろしながら言った。


「卑怯者……」


「それとも、そんなに彼女を解放してほしいなら……」


 ノイジアの左眼がぼんやり光った。


「君が持ってる叡珠をくれたら、少しは考えてあげる!」


 悪い話じゃないでしょう?

 と、少年はにんまりとして言った。


「さあ、どうする? 何もしなきゃ、彼女は僕のものになっちゃうよ?」


 少年は、光の剣士を試すように言った。

 

 闇に飲まれた魔法少女は、未だに動かない。



「……ったくどいつもこいつも!」


 ヤビイは剣を乱暴に落とし、右腕を頭の後ろに引いた。


「石を寄越せ石を寄越せって! 同じこと言ってんじゃねえ!」


 ヤビイが少年に向けて投げたもの。


 それはオレンジ色に輝く――七つの叡珠のうちの一つだった。


 少年は意外そうな顔をし、それをキャッチした。


「……へえ、随分あっさりと」


 ノイジアは、目の前の精霊が叡珠を()()()持っているかまでは把握していない。

 ヤビイはその事実に賭け、全部は寄越さず、自分が持っているうちの一つだけを少年に渡した。


 少しでも、この危機的な状況を打破する可能性を掴むために。


「(赤い方は何が何でも死守しねえとな……)」


 少年は光に魅入られたように宝玉をじっと見つめ、大事そうにしまった。


「いいよ、彼女は君に返してあげる」


 ノイジアはそう言い、奏の身体を浮かせながらヤビイのもとに渡した。


「……ただし、僕たちが叡珠をすべて揃えたら、また取り返すけどね」


「何言ってんだ?」


 ヤビイは眉をひそめると、少年は意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。




 ――「だって君、彼女を元に戻す方法分かってるの?」


 ヤビイはハッとさせられた。


 少年は、『彼女を解放する』とはいったものの、『元に戻す』とは一言も言っていなかった。


「テメエ、騙しやがって……!」


「君が勘違いしただけじゃないか」


 ヤビイの腕の中の彼女は未だ、ぴくりとも動く気配がない。


「僕がせっかく闇に染めた彼女を、そう簡単に戻す訳がないじゃん」


 少年はそういいながら黒い外套を翻し、背中を向けた。

 彼は撤退するつもりだった。


「きっとすぐに取り返すから、その時までは……」



「おい、待て」


 ヤビイは低い声で引き留めた。


 剣士の精悍な顔が、真っすぐに少年を睨む。



「テメエをそのまま帰すわけにはいかねえよ……!」


 引き留められた少年は、顔の左半分だけ精霊に向けた。


 ヤビイは奏をそっと地面に横たえ、剣を真っすぐに構えた。

 

「ここで、テメエを倒す……」


 ヤビイの怒りは頂点を超え、激しい稲妻が全身を覆っていた。


「へえ、やるんだ」


 少年はあえて、自分が不死身であることは明かさなかった。


「……やれるもんなら、やってみな」


 悪魔は妖しく笑い、深くどす黒い闇を纏う。




 相対する剣士と悪魔が向かい合う傍ら、光の精霊の腕から離れた少女の手が、かすかに動いた。



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