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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅳ.加速する闇
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#39

 


 巨大な飛行生物は、すぐには攻撃してこなかった。

 奏が戦闘の構えを取ると、怪物は背中を向け、まるで彼女を何処かへ(いざな)うように真っすぐに飛んだ。


 奏はその後を追う。


「一体何のつもりなの……?」


 怪物は飛び続ける。


「くれぐれも油断するなよ、奏」


 光の球体のヤビイが横から言った。


「戦闘に入ったら、俺も戦うからよ」


「ありがとう、ヤビイ」


 ヤビイの魔力は完全に回復し、万全のコンディションで戦える状態だった。



 低空を飛び続ける謎の生物と、それを追いかける自分の姿が一般市民の目に晒せれているのは、承知の上だった。

 もはや気にしている場合ではない。


 何としても、必殺技の作用で忘れさせなければならない。

 いつかの学校での騒動のように、なかったことにしなければならない。


 すると奏は、進行方向にわずかな空間のゆがみがあることに気づいた。


「あれは……?」


 怪物がそこに飛び込むと、そこは水面のように揺れた。


「追うぞ、奏!」


 彼女たちも続いて中に飛び込んだ。




 空間のゆがみの向こう側は、魔の境地だった。

 地を覆う空は紫色にどんよりとし、あちらこちらにいびつな形の岩が林立している。


「また結界か。けど、この前の場所よりヤバい感じするな……」


 と、ヤビイが言った。


「私もそう思う……」


 空間は相変わらず、耳がおかしくなりそうなくらいの無音だった。

 だが、この空間はそれだけではない。


 そこにいるだけで、畏怖を感じさせられるような空気感。

 魔力を纏っていない、生身の人間が長居すれば生気を奪われてしまうような、おぞましいものが確かにそこにあった。


 今まで以上に嫌な予感がする、と奏は直感する。



 灰色のごつごつした地面に果てはない。

 奏は、怪物が降りたところに白髪の青年がいることに気づき、降り立つ。


「ようやく来ましたか」


 キールは微笑みながら言った。


「今日の相手はテメエか!」


 と、ヤビイは剣士の姿を開放しながら言った。

 だが、ヤビイの予測はすぐに裏切られた。


「いいえ、私の役目は終わったので」


「ハッ、何だよまた逃げるのかよ」


 青年の片眉がピクリと上がった。


「強そうなムーヴかましといて、結局いつも横で見てるだけだし、テメエが戦ってるとこ一度も見たことねえもんな」


 ヤビイは煽るように言った。


「結局、雰囲気だけなんじゃねえのか?」


 そんな饒舌なヤビイに対して、奏は一抹の不安を覚えた。


 あまり挑発するとマズいのでは、と。



 すると案の定、周囲を凍てつかせるような冷たいため息が、キールの口から流れた。


「私は極力戦いたくはないのでね」


 と、絶対零度の低い声で、二人の脳裏にしっかりと刻み込むようにキールは言った。


「……ああ、そうかよ」


 すっかりキールの圧に押された奏の横で、ヤビイは絞り出すように言った。


「だったらいずれ、容赦なくテメエをぶっ倒してやるよ!」


 光の剣士による宣戦布告に、青年は手で顔を覆いながらため息を洩らす。


「どいつもこいつも」


 苛立ちを剥き出しにしながら、指の間から奏達を睨む。



「……鬱陶しいったらありゃしない」



 そう言いながら、顔から手を外し、ピストル状にした手を二人に向けた。


 すると、黒い手袋の指先から、青年の手より大きい鋭利な氷の塊が出現した。

 氷は形成されるとすぐに、ミサイルのごとく猛スピードで二人に突進した。



「うわ、危ね!」


 二人はぎりぎりのところで躱した。

 あの氷の刃をもろに喰らったら、ひとたまりもないだろうと、二人はヒヤリとする。


「これは失礼」


 キールは悪びれる様子を見せず、上辺で言った。


「うっかりあなた達に危害を加えるところでした。……これ以上、私の神経を逆なですることのないように」


 キールは黒いコートを翻して飛び去った。



 するとその奥の方から、青年と入れ替わるようにして、長い髪を下ろした影が近づいてきた。



「茶番は終わったの?」


 少年の高飛車な声。


「待ちくたびれるかと思ったよ、全く」


 その姿が徐々にはっきり見え、全貌が明らかになった。


 半分結われていた長い髪はほどかれ、ぼんやりと光る毛先は腰まで伸びている。

 背丈も少し伸び、奏とヤビイの間くらいの大きさになっていた。


 さらに少年が身に纏っているものも変わり、黒いパーカーはファーのついた裾の長い外套に変わり、普通の人間が着ているような他の衣類も変化していた。

 前回奏と戦ったときよりも闇のオーラが増していて、その姿は『魔王』と呼ぶのに相応(ふさわ)しいものだった。



「驚いた?」


 ノイジアはいたずらっぽく笑った。


「テメエ……」


「どうしてわざわざこんなところに?」


 奏が尋ねる。


「外でやるより合理的だからだよ」


「あいつと同じ理由かよ……」


 ヤビイは顔をしかめる。


「いいや、僕の場合は少し違う。あいつの場合は単純に『他の人々の目に晒されないため』でしょう?」


 と、少年は長く濃い睫毛を伏せて言った。


「僕の場合……、これからやろうとしていることが、外でやるにはあまりに危険だからさ」


 そう言いながら、彼は白い右手を――黒い指ぬきグローブの外された、剥き出しの手を顔の前にかざした。


「勿論、逃がしはしないよ」


 手の甲の位置が、少年の紅い左眼と一致した。


「その光の力……此処で葬り去ってやる!」


 少年は声高らかに言いながら、禍々しいオーラに包まれた右手を天に掲げた。


 すると彼の手の中から紫色の雷が走り、空を覆うと、轟音とともに、稲妻が太い柱のようにあちらこちらに激しく落下した。


「うわぁぁっ!」


 落雷がわずかに当たった奏とヤビイが吹き飛ばされた。



 ギシシシシシシシシシ――


 そんな彼女たちを嗤うように、少年の横の怪物が鳴いた。


「さあ、闇にひれ伏せろ!」


 少年が言うと、飛行生物は動きを見せた。


「危ない!」


 猛突進する怪物を、奏がすかさずバリアで食い止める。

 だが、二人が安心したのも束の間。


 四方から突然、小型の生物が大量に飛んできた。

 黒い翼を持った、コウモリのような生物は一斉に光の戦士たちに襲い掛かる。


「『プラズマスラッシュ』!」


 ヤビイはすかさず斬撃を繰り出し、援護する。


 コウモリたちは一瞬にして消え去った。


 が、同じ怪物たちが再び大量に飛んできた。


 再び斬撃を繰り出しても、また、大群が飛んできた。


「あークソッ、鬱陶しい!」


 斬れども斬れども、コウモリたちは次々と湧いてくる。


「奏、そいつはしばらく任せた! 俺はこいつらが出てこなくなるまでやっつける!」


「わかった、任せて!」


 奏は跳躍しながら、後退した飛行生物に接近する。


「『シャインドロップ』!」


 奏は下方に攻撃技を繰り出すが、飛行生物の動きが素早く、あっさりよけられてしまった。


 奏は空中に浮いたまま怪物に接近し、物理戦に持ち込む。


「はっ!」


 華麗な回転蹴りが当たり、怪物は一瞬怯んだ。


 その隙に奏は攻撃魔法を繰り出そうとしたが、反撃が来るのは早かった。


 凄まじい速さの突進を奏はぎりぎりで躱し、どうにかダメージを免れる。


 突進は三回続き、彼女はすべてを回避した。


「(でも、油断は禁物……)」


 奏が動向を伺っていると、怪物はまたあの嫌な声を発した。


 ギシシシシシ――


 だが、怪物はなかなか動きを見せない。


 嫌なノイズだけが空間に響く。


 奏がしばらく様子をうかがっていると、飛行生物は、巨体を小刻みにぶるぶると震わせ始めた。


 今までに見せてこなかった奇妙な動き。

 それは慟哭を上げる寸前の幼子であり、爆発寸前の爆弾でもあった。


 次に来る攻撃はあまりに範囲が広く、奏はこの時点で逃げ遅れていた。

 他の有象無象たちを相手にしているヤビイも同様だった。



 ギシャアアァァァアアアアアアアアア――!



 耳を(つんざ)くような奇声とともに振り撒かれたのは、有毒の粉塵だった。


 それを浴びた奏とヤビイはそれぞれ、体が徐々に痺れていくのを感じた。


「(思うように動けない……)」


「(クソッ、どうなってる……?)」


 奏は空中に居られなくなり、少しずつ地面に落下した。


 呼吸を乱し、膝から崩れ落ちる奏。

 彼女が力なく天を仰ぐと、怪物が角を向けて突進してきた。


 逃げようにも、体が麻痺して思うように動けない。


 奏が目をぎゅっと瞑りながら下を向いた瞬間。


 バシンッ!


 横から青い雷が飛び、怪物の身体が横に逸れた。


「ヤビイ……」


 ぎこちなく横を見ると、ヤビイはコウモリたちに襲われつつも、魔法を繰り出した後の手のひらを奏たちに向けていた。


「こっちの数はだいぶ減った……」


 ヤビイは大群に向きなおり、毒に怯みつつも、少量の魔法で数を減らし続けた。


 震える脚でゆっくり立ち上がる奏。


 少しでも距離を稼ごうと後退するも、怪物の次の動きはそれを遥かに超えた。


 怪物は再び襲い掛かる。

 が、今度は攻撃はしてこなかった。


「っ……!」


 気づくと奏は宙に浮いていた。

 細い四本足にがっちりと掴まれ、抵抗する余地がない。


「何のつもりなの……!」


 飛行生物はやがて、ノイジアの前に降りた。



「ご苦労さん。君の役目は終わりだよ」


 少年は細い指を差しだしたかと思うと、先ほどの雷で、体力の有り余る飛行生物をあっさりと消してしまった。


 奏は地面に落とされながらも、憤りを覚えた。

 あの飛行生物はもう、どこにもいない。


「役目を終えたのを処理をしたまでさ。あれの替えは沢山あるし」


 と、奏が口を開くと同時に言った。


 あり得ないとばかりに顔をしかめる彼女に、少年は続けた。


「それとも、僕がこんなことしないとでも思った?」


 赤い瞳が冷酷に少女を見下ろす。


「僕は変わったんだよ。光あるものを喰らいつくし、新たな世界を創りあげるためにね……」


 少年は世界の支配者さながら、両手を天に掲げながら言った。


「どうして……」


 奏の途切れ途切れの声。


「確かにこの前から、様子はおかしかったけど……」

 

 地面に両手をつき、体制をたてなおす。


「あなたはそこまで……残忍じゃなかったし……こんなに、狂ってもいなかった……」


 一瞬、少年の瞳が揺らいだ。


「今の僕が……狂ってる、だと?」


 右手で、片目を抑える。

 口角が不気味に上がり、少年は肩を震わせた。


「ああ、そうかもね……狂ってるかもね……」


 嘆きを含んだ笑い声。


「確かに僕は狂ってる……。だって今の僕は……目の前の眩しい光を侵したくてたまらないのだから‼」


 奏は一気に青ざめた表情になった。


「あぁあ……喰らいたい……潰したい……」


 震えた右手が、そっと前に差し出される。



 ――「この手で闇に染め上げたい!」


 どす黒い闇の力が、光の少女に放出された。

 

 動きが鈍った奏は回避できず、闇の魔力に全身を囚われた。

 毒に苦しむ少女は、自分の身に危機的なことが起きているのを知りながらも、声を上げられずにいる。

 

 飲み込まれる。もみ消される。

 どうにか抵抗しなければ。


「……あ……ぁ……」


 だが、開かれた口から発せられるのは、擦り切れたような意味を成さない声。


 震える手でステッキを少年に向けようとしても、それは果たせなかった。


 白いステッキは手から滑り落ち、無慈悲な音を立てて地面に落ちた。

 少女の身を包む淡いピンク色は侵食され、徐々に黒く染まってゆく。


 柔らかな金色の髪は、燃え尽きた灰の色に。

 そして澄んだ緑色の瞳は光を失い。


 大群を相手に戦う光の剣士は、この悲劇的な状況に未だ気づかない。


 外見的な変化が果たされた時には、少女は意識を完全に手放していた。




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