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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅱ.雨宮奏、魔法少女になる
4/62

#3




 「って本当に変身しちゃった⋯⋯」


 自分の格好を見下ろし、動揺する奏。


 「これで、本当にあれと戦えるんだよね?」


 「グアアァァアアァ――!!」


 『あれ』呼ばわりとは失礼な!とばかりに吠える、夜闇に溶ける真っ黒な怪物。

 身長は展望台と同じくらい。女の妖怪を思わせるような長い白髪の間からは、こちらを見下ろす紅い瞳がのぞいている。全身の筋肉は発達し、身につけているのは、下半身を覆うボロボロの布のみだ。

 咆哮するたびに鋭い牙がのぞく。

 奏の前に立ちはだかるそれには、『角のない鬼』という呼び名が相応しいだろう。

 

 一瞬身が竦んだが、奏はそれを倒すべく、ステッキをグッと握って覚悟を決めた。


 「短い詠唱で、その杖から魔法を出して攻撃するんだ。滅多なことじゃ折れないから、いざという時は、それでヤツの頭をぶん殴ってもいい!」


 「殴……何て野蛮な!」


 「とりあえず、『フラッシュ』と唱えて基本的な攻撃を繰り出せ」


 「分かった」


 杖を怪物の方へ向け、精霊の指示通りの呪文を唱えた。すると杖の先には、直径一メートル弱のピンク色の魔法陣が浮かび上がり、ピンポン玉程のサイズの無数の光が一気に放出された。


 怪物は一瞬怯んだが、この程度かと言わんばかりに直ぐに体勢を立て直し、拳を振り上げた。


 「来る、っ!」


 鉄槌が下される寸前、奏は力いっぱいに地面を蹴り、大きく跳躍した。

 直後、僅か数メートル下で、拳が轟音を立てて地面にめり込むように叩きつけられた。


 あれをもろに食らったら、ダメージは決して軽くはないだろう、と彼女はひやりとした。

 そして彼女は自分を狙っていたそれに着地する。


 「何なら杖を投げ出して、物理戦に持ち込んでもいい! 魔力で身体能力も格段に上がってるからな」


 「投げ出すのは流石にマズくない?」


 不愉快そうに揺れる腕の上を、振り落とされないように走り抜ける。

 再び跳躍し、宙返りしながら、怪物の後頭部へ回り込んだ。



 「何かこの辺弱そう!」


 そして首元へ一発、豪快な回転蹴りを入れた。

 案の定敵は怯み、続けて二、三発同じ箇所へ攻撃を浴びせると、とうとう、大きな音を立てて地面に倒れた。

 再び起き上がる気配はない。 



 「とどめだ! 杖の先端部分を胸の石の前にかざして魔力をチャージするんだ」


 杖を胸の前で構えると、体の底から熱い何かが沸き上がってくるのを感じた。

 彼女はピンク色に光るオーラをまとい、同じ色に光る杖の先も輝きを増した。



 「『この世に蔓延(はびこ)る悪夢達よ、塵となれ』――」


  両手で杖をしっかりと握り、前に突き出すと、無数の魔法陣が横一直線に壁となって現れた。



 「『クリスタル・ハリケーン』!!」



 壁から無数の透明なつぶてが光の速さで放出され、巨体をビッシリと包み込むうちに、やがて一つの透明な塊となって、怪物を覆い尽くす。

 

 完全に拘束された怪物には、為す術もない。

 そして少女は、最後に叫ぶ。


 「『ブレイク』!!」


 そしてそれを覆っていた水晶もろとも、怪物は断末魔の叫びもなく派手に砕け散った。

 キラキラと光る粉塵が舞い、ひび割れた地面など、壊された部分が修復されていく。

 最早敵の気配はない。


 「あぁぁ何て殺生⋯⋯」


 血の気の引いた顔で、奏は呆然と立ち尽くす。


 「気にすんな、あれは破壊の為だけに造られた兵器のようなものだ。血も肉片も無いだろ?」


 「うっ、言い方グロいね」


 「まあ、ざっとこんなものだ。変身は直ぐに自然と解除される」


 どうやらそこは、魔法少女アニメのお約束と同じらしい。

 変身が解かれ、奏は一気に脱力したように地面にへたれこんだ。


 「これが、魔法少女の力⋯⋯」


 息を切らし、結び目に石の付いたセーラー服のリボンをそっと持ち上げる。



 ――「へえ、やるじゃん」


 

 聞きなれない声。

 見ると、紅い瞳の目立つ人影がこちらを見下ろしていた。



 「君は……!?」


 奏は慌てて立ち上がり、後ずさりでその人物と距離を取った。


 「そうビビらないでよ。僕は生身の人間に手を出すほど狡猾じゃない」


 変声期を迎える前の、やや高めの少年の声だった。

 

 身長は奏と同じくらいだ。黒いパーカーのフードの間から見える、紫がかった黒髪は艶があり、少女と見まごうほど長い。

 左眼は長い前髪で隠れ、白い肌には染みもニキビもなく、陶器のように綺麗だということが、暗闇の中でもわかる。

 まつ毛も長く、少し幼さも残る、美形とも言える顔立ちで、中性的な声も相まって「少年」と断定してしまうのも躊躇われる。

 見た目は人間そのものだが、何処か、人間離れしたオーラを放っている。



 「僕の名はノイジア。いつかこの世界を喰らい尽くす、無限の闇だ」


 彼はそう言いながら、黒い指ぬきグローブの右手で前髪をかき上げ、顔の左半分を覆った。



 「だから、誰にも僕を止められない」


 ノイジアがニタリと笑うと、指のあいだからのぞく紅い瞳が、微かに光った。


 「それに、あまり僕を苛立たせないほうがいい」


 少年は腕をおろし、奏達に背を向けた。


 「この世界の前に、君の力をぶっ壊されたくなければね⋯⋯」


 少年は、パーカーのポケットに手を入れたまま軽く跳躍し、姿を消してしまった。

 同世代の少年の口から、思いもよらないような言葉を聞かされ、奏は一瞬身が竦んだ。


 「今のは⋯⋯?」


 「雰囲気からして、さっきのバケモノのグルだろうな」


 突飛な言葉に一瞬は怯んだものの、後で冷静に考えれば、いかにも悪役らしい、随分と幼稚な脅し文句だと、この時の奏は思っていた。



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